血塗られたファニラ神殿……③
フェルナトウの衝撃的な発言に停戦会議に参加している一同は皆、動揺を隠せないでいるが、どこか懐疑的な様子だ。
特に護衛に付いている者達はフェルナトウの行動に警戒しながらも、受けて立つ構えを見せる。
というのも、皆殺しを宣言する彼らゾルダート教の導師はフェルナトウも含めてたった4人に過ぎないのに対し、各陣営は多くとは言えないがそれなりの護衛兵を引き連れていたからだ。
いくら強力な魔法が使えると言っても、所詮術者であることに変わらない。
この人数を相手にするのは難しいと思っているのだろう。
けど、オレは今まで戦ってきた経緯から彼らの術が生半可なものでないことを痛切に感じていた。
先ほどから、フェルナトウがゾルダート教の秘事を簡単に明かしてみせているのも、自分達に絶大な自信があるからに違いない。
オレは、お祖母様をはじめネヴィア聖神官達にアエル達と合流し一つにまとまるように小声で指示する。何が起こっても、ひと固まりになっていれば、オレとラドベルクがいれば何とか対処できる……そう考えての準備だ。
しかし、事態はすぐに動いた。
「ぐわっ……な、何をする!」
「な、何だこれは……!」
「きゃあぁぁ!」
「ぐえっ……」
不意にライノニア・カイロニア陣営から悲鳴や怒号がわき起こった。
慌てて両陣営に目を向けると信じられない光景が目に入る。
「パロール、貴様何を?」
まず、ライノニア陣営だが、ライノニア軍総指揮官として会議に出席していたパロール将軍が、あろうことか隣席に座っていた主君のライル公爵の胸に剣を突き立てていたのだ。
「死ねい、化け物め! 他の奴は騙せても俺の目は誤魔化せんぞ……うぐっ、何だ?」
狂気に満ちた目で自分の主を化け物と嘲り笑いながら、さらに突き刺した剣に力をこめたパロール将軍だったが、その直後同様な目をした別のライノニア騎士に背中を斬りつけられていた。
パロール将軍は血を吐きながらも、ライル公爵に突き刺した剣を引き抜くと、振り返りざまにそのライノニア騎士を切り捨てる。
剣を抜かれたライル公爵は胸から血を流して血だまりの中に崩れ落ちた。
「わはは、化け物どもめ。皆、退治してやろう」
パロール将軍は、そう言い放つと手近な者達に再び剣を振って殺戮を開始する。
しかし、そのような同士討ちはパロール将軍だけにとどまらず、ライノニア陣営のあちこちで繰り広げられている光景だった。
おそらくは、身近にいる者が人間ではなく自分を襲ってくる魔物に見えているのだと思う。
瞬く間にライノニア陣営で、まともに立っている者がいなくなる有様となった。
「ほっほっほ……深淵なる幻術使いロアヌダインの幻は、その辺の幻術とは桁が違いますぞ。心してかからねば、ほらこの通り……」
一見、人の良さそうなお爺さんに見える導師ロアヌダインはライノニア陣営のすぐ前に立つと、手に持った骸骨をあしらったワンドで他者を操るような素振りを見せる。
けれど、操られて仲間を殺し尽くすライノニア陣営の人間の誰一人、目の前にいるロアヌダインの姿が目に入っていないように見えた。
おそらく、幻術のせいで見えていないに違いない。
一方、カイロニア陣営に目を向けると、やはりそこでも怪異が起きていた。
「何だ、これは?」
「何も見えないぞ」
なんと、室内にも関わらず深い霧が立ち込めていたのだ。
それも不自然なほどカイロニア陣営の場所にだけに広がっており、霧に巻かれた者達が霧の中で右往左往している様子が見てとれた。
「これは、あの時の……」
当然だが、オレはこの怪異に見覚えがあった。
ファニラ神殿に来るまでに同様の怪異に遭遇した記憶が新しい。
あの時は霧に紛れて暗殺者が襲ってきたのだけど、今度はどうなのだろう?
「……うぐっ、息が……」
「く、苦しい。助けて……」
霧の中から次々と悲鳴や呻き声が聞こえてくる。
えっ……前回は人を眠りに誘う霧だったけど、今度のは命を奪うものなのか?
オレが前回との違いに焦っていると、無機質な暗い声が響いた。
「ふん、前回はフェルナトウ師のご指示で眠るだけに済ませてやったが、今回はそうはいかぬぞ。我が死霊霧の恐ろしさを、とくと味わうがよい」
カイロニア陣営の前に立った顔色の悪い痩せた男の導師ヴァイログは広げた神官服の裾から白い霧を立ち込めさせながら、気味の悪い笑みを浮かべた。
「良いことを教えてやろう。この死霊霧だが、身体的に優れた者なら生き残ることも可能なのだ。はてさて、何人生き残るのか、楽しみにしておこうではないか」
「ほっほっほ。それは楽しみですな。わしの幻術にもかかりにくい者もおります。おそらく生き残るものもいるでしょう。どうですかな、ヴァイログ師。どちらの生き残りが少ないか勝負しませんか?」
「受けて立とうではないか。しかし、 クレオーネ師とザークボルド師はどうする?」
「最終的な結果を比べればよいでしょう」
「それもそうか……」
ロアヌダインとヴァイログは無慈悲な死を量産しながら淡々と会話する。
何て奴らだ。
人の生き死にをゲームか何かと勘違いしている。
こいつら、思っていた以上に最悪だ。
それに、術の効果も侮れない。
いくら兵がいようと、これじゃ勝ちようがないに決まっている。
何とかしなくちゃ。
とりあえず、あの白い霧ならオレの不死の力があれば……。
霧の中で幾人もの人が倒れる音を耳にして、オレは矢も楯もたまらず助けに行こうとすると、フェルナトウから制止の声が上がった。
「リデル様、その場所から一歩も動かないでいただきたい! 貴女様を自由にすると酷い目にあうのは、すでに学習済みなのです。ですので、私から一つ御忠告を差し上げたい」
フェルナトウは慇懃無礼な様子で頭を下げると、その御忠告とやらを口にした。
「もとより貴女様に危害を加えようとは思っておりません。ま、危害を加えようにも出来ない可能性もありますが……しかしながら、もし貴女様が我々の邪魔をすると言うのなら……」
フェルナトウはその酷薄そうな顔を歪めて笑った。
「貴女様の大切なクレイ青年の命の保証は出来かねます……」
ちょっと不測の事態が起きまして……今後の更新に影響が出るかもしれません。
詳細は書けませんが、どちらかと言えば良くない話と言えます。
しばらく様子見となりますが、可能な限り更新していきたいと思います。




