告白……⑦
左右に立つ神官が太皇太后の言葉を受け、大きな扉を厳かに開ける。
すっと、一人の少女が部屋に足を踏み入れた。
透き通るような肌の白さに高位の神官服の白さが相俟って、さながら俗世に降り立った女神のように見える。
目を瞑り、きゅっと口を閉じた容貌は整い過ぎて、人とは思えない美しさだ。
けれど、参加者のどよめきを起こさせたのは、その頭上に揺れる一対の目玉のような物体と言っていい。
オレにとっては、アエルのイメージはもうこの姿が当たり前となっているけど、初見の人間には衝撃的なものとして映るだろう。
現に軍関係者や要人警護の兵、神殿関係者以外の人間は脅威を感じたのか、警戒する様子が見て取れた。
部屋に歩を進めたアエルは、左右の目玉を部屋中を見渡すようにきょろきょろと動かし、自分が注目されていることに気付くと、一瞬後ずさりする動作を見せる。
けど、後から入ってきた人物にそっと押しとどめられた。
アエルの信奉者であり、彼女の保護者的役割のジルコークさんだ。
中央大神殿の神官服に身を包んだジルコークさんは、瘦身で姿勢が正しく所作も綺麗なので、神官服が良く似合っていた。
さすがは元中央大神殿正神官だ。
でも、影のように付き従うジルコークに目を向ける参加者は、ほとんどいなかった。
何故なら、次に入室して来た人物に目を奪われたからだ。
「ラドベルク?」
アエルとジルコークを護るように入って来たのは神殿兵の装備をした武闘王ラドベルクその人だった。
今回の停戦会議においても、ラドベルクはオレの護衛として付いて来たがったけど、オレ自身がネヴィア聖神官の護衛役に扮するので、我慢して大神殿に留まってもらっていたはずなのに……。
ああ、そうか。ずいぶん前の話になるけど、皇女でないオレに忠誠を誓ってくれた彼に、苦し紛れにアエル達の警護をお願いしたことがあったっけ。
あの時の無茶なお願い、今も続けてくれていたんだ。
思わず、その律義さと健気さに涙が出そうになった。
ごめんね、ラドベルク。いつか、貴方に報いてあげられるよう努力するから。
「なんだ、あの大男は?」
「ただ者ではないぞ」
雲を突くような大男の登場に要人の護衛陣が色めき立つ。
「お静かに、皆様。彼は血統裁定官の護衛です、お気になさらず」
済ました顔をしているレリオネラ太皇太后へ非難の目を投げてから、ネヴィア聖神官が場を鎮めるように説明を行うと、警戒する護衛陣は落ち着きを取り戻した。
それを見届けるとレリオネラ太皇太后は、参加者達にアエル達を紹介し始める。
「こちらがアエル血統裁定官。そして、脇に控えているのが元中央大神殿正神官ジルコークです。若い方には馴染みが薄いかもしれませんが、血統裁定官はイオラート教では崇高な役職であり、帝国においては子爵級の爵位として遇されます。奇異な姿をしておられますが、無礼のないようお願いしますね」
そして……と太皇太后はジルコークに視線を移す。
「彼は、元中央大神殿の血統管理局長として血統裁定官の管理を行っていた元正神官のジルコークと申す者です」
レリオネラ太皇太后はアエル達、特にジルコークに向かって笑顔で話しかける。
「御足労願って申し訳ありませんね。ご無沙汰していましたが、お二方とも息災のようで安心しましたわ。私のこと、覚えていますわよね」
「もちろんです、レリオネラ太皇太后陛下。恩人である貴女様を忘れるなど片時もありません。今、このように生きてお会いできるのは、全て貴女様のおかげでございますから」
ジルコークは、このような場でなければ跪いて感謝の言葉を述べる勢いだった。
へえ、お祖母様とアエル達って面識があったんだ。
まあ、高位神官だから大神殿で会うこともあったのだろう。
けど、恩人?
「恩人とは、どういう意味かね?」
ネヴィア聖神官が偶然だけどオレと同じ疑問を尋ねてくれた。
毎度のことながら、とても助かる。
「ご存じのことと思いますが、デュラント神帝は血統裁定官制度を廃止なさいました。そして、各地の神殿にいた彼らは身内である神殿関係者の手によって人知れず闇に葬られたのです。私のいた中央大神殿でも同様なことが行われようとしました。しかし、私はアエル様を何としてでもお救いしたかった。そんな時にお力を貸して下さったのがレリオネラ陛下だったのです」
前にその話はジルコークさんから聞いたことがあったけど、それにお祖母様が関わっていたとは初耳だ。
「おかげでアエル様を無事逃がすことに成功し、今日このような形で再びお会いすることが出来たのです。叶うものなら、いつかお礼を述べたいと思っていましたが、ようやく望みが叶うことが出来ました……レリオネラ太皇太后陛下、その節は本当にありがとうございました」
ジルコークが深々と頭を下げると、隣のアエルも目玉をちょこんと下げ謝意を示す。
「いいえ、私の方こそ貴女方にはお礼を言いたいわ。貴女方のおかげで、こうして自信を持って孫を自分の孫と言えるのですから……ジルコーク、貴方は覚えているかしら。逃亡する少し前に血統鑑定をお願いしたことを」
「もちろん、覚えておりますとも。その縁で、レリオネラ陛下と知遇を得たのですから」
お祖母様はネヴィア聖神官へ向き直る。
「兄様、私はデイルと会ってから、どうしても自分の想いを抑えることが出来ませんでしたの。もしかしたら、彼は亡くなったとされている我が子ではないか、そう思うと夜も眠れませんでした。そんな時です。エルスト(デュラント神帝)が廃止させようと企んでいる血統裁定官のことを知ったのは……」
「うむ、確かに時期は合っている。それでは、君は……」
「ええ、藁にも縋る想いで、私は極秘裏にジルコークを介してアエル血統裁定官に血統鑑定をお願いしました。ちょうど、デイルが女神様との模擬試合で大怪我をした時に手に入れた血痕がありましたので、それを私の血と鑑定していただいたのです」
模擬試合で皇帝が大怪我を負うっていう不穏なワードが聞こえた気がするけど、あえて聞き逃そう。
「け、結果は?」
ネヴィア聖神官が身を乗り出して尋ねる。
「もちろん、親子という結果でしたわ」
当時のことを思い出したのか、お祖母様はとても幸せそうに微笑んだ。
すみません、会議ばかりで(-_-;)
面白くないですよね、たぶん。
もう少しで終わるので我慢してくださいね。
でも、これでかなりの伏線は回収できたと思います。
次章はバトルシーンあります……あるはずです……あるといいなぁ(;一_一)
その前に今章を畳まないとw