告白……⑥
前話のネヴィア聖神官の台詞を一部追加しました(2021年5月22日)
うん、今ならわかる。
どうして初対面のオレに、あそこまで甘々だったのか。
やっと理解できたよ。
亡くなったと思っていた孫娘に再会できたんだ。歓喜して、いきなりの『アリシアちゃん』呼びになるのも当然だろう。
「はい、わかります、お祖母様。だから、あんなに良くしていただけたのですね。けど……」
この直情的なところのある優しいお祖母様の機嫌を損なうことは出来ればしたくなかったけど、聞かずにはいられなかった。
「どうして、一目でデイルの娘とわかったんですか? オレ……いえ私は、お父様と少しも似てないと思うのですが」
否、ユーリス師匠の弁によれば、オレは母親のロニーナにそっくりらしい。
オレの見た夢の中の少女が、そのロニーナなら髪の色違うだけでオレと瓜二つだった。
けど、それを直接的にお祖母様に問えないのは、たぶんお祖母様がオレの母さんのことを嫌っているらしいからだ。以前アリスリーゼで会った時の会話で、意図的に母さんの存在を避けているように感じられたのが、その理由だ。
子供を産んでないから、よくわからないけど、おそらく最愛の息子を盗られたような気持ちになっているのかもしれない。
「孫の顔なら一目でわかります……と言いたいところですが、その……アリシアちゃんはあの御方と……」
「あの御方?」
「……女神様にそっくりでしたから、見間違えようありません」
「は?」
今、何て言った……女神様?
「お祖母様、ロニーナ母さんが女神様って、どういう意味。……」
「いけません、アリシアちゃん。あの御方の御名を軽々しく口に出してはなりません。不敬の極みになりますわよ」
お祖母様の眼差しから冗談で言っているのではなく、本気に感じられた。
「あの……お祖母様、母さんのことが嫌いで話題に出さなかったんじゃないのですか?」
「嫌い? そんな恐れ多いことできませんわ。あの御方は私にデイルを導いて下さったのですよ。それだけでも感謝ですのに、類まれな容姿に加え、人では為しえない数々の奇跡。女神と崇めるのは当然のことです」
お祖母様の目が熱に浮かされたように潤む。
「その上、御自分の命と引き換えにアリシアちゃんを遺してくれたのです。私にとってはイオラート神に次ぐ信奉する御方なのです。軽々に口出しして良い存在ではありません、知らなかったのですか」
知ってた。お祖母様ってこういう性格だったわ。
思い込んだら周りに目もくれず一直線の人だったっけ。
「じゃあ、女神様の似のオレ……私のこと、嫌ってないんですね」
「当たり前です。逆に嬉しすぎて顔を見るだけで幸せになれますわ」
良かった……親父と母さんはお祖母様に愛されていたんだ。
結婚に反対だったと勘違いして複雑な想いをしてたけど、杞憂に過ぎなくて良かった。
「そしてアリシアちゃん。私は貴女に会えたら、ずっと謝らなくてはいけないと思っていましたの」
テンションが上がって火照ったような顔をしていたお祖母様は急にトーンを落とし、真剣な表情でオレを見つめた。
「え? 別に謝ってもらうようなこと、お祖母様はしてないと思いますけど」
アリスリーゼ滞在中も良くしてもらった記憶はあるけど、謝ってもらうようなことなかったと思う。まあ、好き過ぎて過剰な行動も多くて閉口はしたけど、不快ではなかったし事情がわかった今では納得もしている。
「いいえ、結果的とはいえ私は貴女のお父様を捨てたのです。デイルやアリシアちゃんのその後の苦労を思えば、私はなんと罪深い母親でしょう。どうお詫びしてよいかわからないわ」
「そ、そんな気にしないでください。私も父も自分を不幸だと思ったりしてませんから」
それは本当の気持ちだ。
王侯貴族の生活からすれば、傭兵のそれは確かに物質的には貧しくみすぼらしい生活だったと思うけど、その反面自由があった。
皇女生活を余儀なくされて感じたのは、生活水準は爆上がりしたけど、その分やりたいことが出来なくなったということだ。
どちらが良いかは個人の考えによると思うけど、オレの性格上、息が詰まるのは耐えられなかった。なので、この展開でもし皇女に戻れと言われても、正直迷いがあるのが本音だ。
そして、親父はどうだったかといえば、当時の傭兵生活の様子を思い出してみれば楽しくやっていたように記憶している。
生活は確かに楽ではなかったが、それなりに一日一日を有意義に過ごしていたとオレは思う。結果、戦争で命を落とし長寿を全うできなかったけど、親父のことだ、きっと満足していたに違いない。
それにアデルお祖父さんやメグお祖母さんの愛情を受けて育った親父は幸せだっとオレは信じている。
だからレリオネラお祖母ちゃん、そんなに自分を責めないで欲しい。
「それにアリシアちゃんが血統裁判で負けて帝都を追われた時だって、私が全てを告白すれば、貴女がこんな目に遭わずに済んだでしょうに……」
「それもお祖母様の責任じゃないですって。お祖母様の立場なら、簡単に話せない事情もわかってますから」
実際、大変だったけど、そのおかげでいろんな経験が出来て自分自身成長したと感じているのも事実なのだ。
「でも、本当に済まないと思っているのよ。だって可愛らしいアリシアちゃんが、こんなに粗暴で口が悪いのも、きっと満足な教育を受けられなかったせいに違いないでしょうから」
ぐさっ……ち、違います、お祖母様。それは男として育てられたせいで、決して生活のせいじゃ……あれ待てよ。でも、傭兵仲間にも綺麗な言葉遣いする男だっていたから、もしかしてオレの素なのか?
「あの……ごめんなさい。今後、気を付けます」
忸怩たる想いをしながら、オレは消え入りそうな声で謝ると、お祖母様は『良い心がけです』と微笑んだ。
と、そんなやりとりをしていると、苛々したような不機嫌な声が響いた。
「ネヴィア聖神官、私はいつまでこのような下らぬ茶番を見ていなければならぬのだ?」
発言の主は、もちろんアリシア皇帝だ。
「先ほどから聞いていれば、全てはレリオネラ太皇太后の証言ばかりだ。客観的な証拠が一つもない。失礼な話だが、太皇太后の妄想なのではないのかと疑いたくなる」
怒りの目をするレリオネラ太皇太后を冷たく眺めながら、皇帝は続ける。
「いくら太皇太后の証言とはいえ、そんなものだけではこの状況を覆せぬと私は思うぞ。残念だが、時間をかけただけ無駄であったな」
そういうと、やれやれといった表情で退出するために皇帝は立ち上がった。
「お待ちなさい。そう言うと思って、ちゃんと私以外の証人を用意してありますわ」
それに対し、レリオネラ太皇太后は自信ありげに皇帝を制止すると、別室に控えている人物に声をかけた。
「お入りください、アエル血統裁定官。そして、元中央大神殿正神官ジルコーク・ギューネスト」
お祖母様の告白パートは終わりです。
次回は血統裁判再び(?)といったところでしょうか。
コミカライズの影響で増加していたPV数も落ち着いてきました。
好評と聞いていますが、実際はどうなのか不安で仕方ありませんw
打ち切りならなければよいのですが……(←基本ネガティブ)