告白……④
今回の内容でお気を悪くされた方がいらっしゃったら申し訳ありません。
こういう迷信があるとご理解いただけると幸いです。
決意を秘めたその声はわずかに震えているように聞こえた。
「お、お祖母様?」
驚いて振り返ってみると、レリオネラ太皇太后は白く美しい顔をさらに白くさせ、厳しい表情でネヴィア聖神官を見据えていた。
「あの……気持ちは嬉しいけど、オレのために無理しないで欲しいんだ」
「あら、無理なんてしておりませんわ。ただ、私が話したいだけですの。それより、アリシアちゃん、貴女しばらく会わない間にお口が悪くなりません? そのような口調では皇女には相応しくないこと」
「……ご、ごめんなさい」
気を抜くと、つい男口調が出てしまう。
皇宮にいた皇女時代は気を付けてたけど、最近はあまり必要なかったからね。
「……レリオネラ太皇太后。よければ、君の言う『全て』とやらを、そろそろ話していただいてもよいだろうか?」
実妹とオレの会話を辛抱強く聞いていた聖神官は、やんわりと続きを促す。
「そうでしたわね……それでは話を続けましょう。さて、何から話せばよいかしら」
レリオネラ太皇太后は小首を傾げて思案する。
「そうそう、兄様。兄様は私がそちらにいるライル公爵とカイル公爵の二人を嫌っていることは承知していますわね」
「ええ、存じ上げておりますが……」
名指しで嫌われて微妙な顔つきになった両公爵を尻目に、聖神官は訝し気な様子で答える。
「何故、嫌っているかお分かりになって?」
「それは……両公爵の母君がデュラント神帝の側妃で、言わば君から夫を奪ったような存在だからなのではないかね」
「まあ、それも無いことは無いですけど、アルセム王国特有の理由に気付きませんか?」
「アルセム王国特有の理由?」
「はい、彼らのような存在はアルセム王国では普通いません」
「普通いない……そうか! 双子か」
聖神官の回答に太皇太后は小さく頷いた。
そう言えば、オレもどこかでアルセム王国では双子が禁忌だって聞いたことがある。
双子のどちらが兄で揉めているライノニア・カイロニア以前の問題で、そもそも双子の存在を認めてないそうだ。
だから、アルセム王国はライノニア・カイロニア両公国とも距離を置いているらしい。
「ええ、お二人が双子であることがアルセム王国民としては受け入れにくいのです。事実、アルセム王国では双子は公には存在していません」
「えっ、そんな馬鹿な……」
思わず、オレは口を挟んでしまう。
だって、そうだろう。
いくらなんでも、一国に一組も存在しないのはおかしい。
「アリシアちゃんは驚くと思うけど……実際、生まれていても生まれなかったことになるの。里子に出されたり、もっと酷いことになっているのが実情よ」
「な……」
そんな非道なことが国を挙げて行われているなんて……。
「それだけではない。産んだ母親も責を負い実家に帰されるのが普通なのだ」
聖神官がさらなる理不尽を追加する。
なんて国なんだ。
伝統ある格式の高い国と聞いていたけど、双子にとっては最悪な国だ。
「とにかくアルセム王国にとって『双子』はそれほどの禁忌なのだ。そして、それが正しいことだと国民に深く根付いている…………ん、待ってくれ。まさか、レリィ。君が言いたいのは……」
ネヴィア聖神官は自分が見出した考えに蒼白となる。
「はい、兄様。お察しの通り、アイル皇子は双子でした」
レリオネラ太皇太后の衝撃的な告白に誰もが声を失う中、彼女は告白を続ける。
「初産の私でも、さすがに変だと思っていたのです。宮廷魔術師のウルリクが気づかない訳もありません。当初は何度も尋ねてみましたが『御子様を無事に出産することだけを、お考えください』の一点張りで望む答えはありませんでした。ですので、私の不安はどんどん高まっていきました」
当時を思い出したのか、レリオネラ太皇太后は両腕で自分を抱くようにして身を震わせる。
「自分が禁忌を犯すのではないか、期待している皆を裏切るのではないか……恐ろしくて怖くて、どうにかなりそうでした。ここはアルセム王国ではなく、そんな心配は無用だ……そんな簡単なことに帝国へ嫁いで間もなかった私は気づくことが出来なかったのです」
「レリィ、君にそんなことが……」
妹の苦悩を気づいてやれなかった兄は悄然と項垂れる。
「やがて、私は臨月を迎えウルリクの差配する中、皇子を出産しました…………二人の皇子をです」
そこでレリオネラ太皇太后はウルリク宮廷魔術師の孫であるリシュエットに視線を向ける。
「そして、二人目の皇子を産んで息も絶え絶えの私に、あの男は言ったのです。『最初に産まれた皇子殿下ですが、残念ながらすぐに身罷られました』と……」
何かを堪えるような表情のレリオネラ太皇太后はリシュエットから、すっと視線を外すと、再び聖神官に向き直る。
「とうてい、信じられませんでした。あの子は絶対に死んでなどいない。そう確信しました。けれど、あの男は続けて、こう言ったのです」
淡々とした口調だったが、浮かべる表情には憎悪が籠っていた。
「『申し訳ありませんが、不幸中の幸いと言えます。先の皇子は産まれなかったことにいたしましょう。貴女様はゆめゆめ双子など産んでいない……よいですね』」
はあ? 何言ってんだ、そいつは!
出産直後の女性に何てことを……。
オレがウルリク医師に憤慨していると、太皇太后は今度は悲し気な目で語る。
「私は彼がいったい何を言っているのかわからなかった……最初は不安に感じていた私も、出産が近づくにつれ産まれてくる子達を無事に産んであげようと想いが強くなっていました。だから、二人ともどうにか無事に産まれて喜び安堵していたというのに……」
太皇太后は不意に肩を落として力無く続けた。
「私は目の前が怒りと絶望で真っ暗になりました。けれど、ウルリクを始めアルセム王国から随行していた侍女たちもそれが私にとって最良の選択と微塵も疑っていないようでした。
私は心に蓋をして、一人残った皇子を慈しむより他に道がなかった」
皇女候補時代の授業で、この時期のレリオネラ太皇太后のアイル皇子を溺愛する逸話の数々を学んだけど、相当我儘な人だと驚いた記憶がある。
でも、その裏でこんな辛い出来事があったなら、そうなるのも理解できた。
「エルスト(デュラント神帝の名前)はエントランドから側妃を迎え、新たに子を得ました。私にはもうアイルしかなかった。でもデイルのことも片時も忘れたことはなかった……あ、デイルというのはもう一人の皇子の名前なの。当初、エルストは皇子の名をアイルかデイルで迷っていたから、選ばれなかった方を付けてあげたの」
デイル皇子……オレの親父と同じ名前なのは偶然なのか。
「レリィ、すまない……君がそんな辛い人生を歩んでいたなんて、まるきり気が付かなかった。許してくれ……私は兄として失格だ」
「お気になさらずに、兄様。これは誰にも知られてはいけない秘事でしたの。兄様には特に知られないよう努力しましたもの」
「それでも気付きたかったし、力になりたかった。本当に辛かったね、レリィ。よく頑張ったんだね」
「ネヴィ兄様……」
兄の優しい言葉にレリオネラ太皇太后は目を潤ませる。
「それはそうと、君が名付けたデイル皇子の名は君だけしか知らないのかい。他に誰か知っている者はいなかったのかな?」
「そうね、一番身近だった侍女のメグぐらいかしら……とても仲良しで主従以上の関係と私は思っていたから。それに彼女だけは、私の気持ちをわかってくれていたわ」
太皇太后は懐かしい友人の顔を思い出したのか、ほんのり笑みを浮かべる。
「だから突然、近衛騎士のアデルと結婚して郷里に帰るって聞いた時は驚いてしまったわ」
な、何ですと?
今回はキリが良いところまで書いたので長めです。
やっと真相が判明しました♪
それと前書きにも書きましたが、双子の読者様に大変申し訳ない内容なので
謝罪いたします。本当にごめんなさい。
こういう迷信はかつて日本でもあったようですが、今は無くなっていて良かったと思います。
次回でも、いろいろ補足説明があり、伏線回収が進む予定です(>_<)