告白……②
「やあ、待たせて悪かったね、レリィ……おっと失礼。お待たせて申し訳ありませんでした、レリオネラ太皇太后陛下」
姿を現したのはデュラント四世の生母でデュラント神帝の奧さんだったレリオネラ皇太后だった……いや、アリシア皇帝が即位したからレリオネラ太皇太后か。
「お久しゅうございます、ネヴィア聖神官猊下。ご健勝のようで安心しましたわ」
実の兄に対する親愛の情を見せるレリオネラ太皇太后は相変わらず、御年六十近くには見えない若さと妖艶な美貌を保っていた。
不老不死らしいオレが言うのも何だけど、かなりの化け物っぷりだ。
「ご参加の皆様も大切な会議に突然お邪魔して申し訳ありませんわね。兄がどうしてもわたくしに尋ねたいことがあるとかで、無理やり引っ張り出されてしまいました。わたくしも困惑しているところですので、ご容赦願いますわ」
呆気にとられている参加者に対し、太皇太后が優雅に軽く膝を曲げ会釈すると、一同は驚愕から立ち直ると思い思いに答礼し始める。
「お初にお目にかかる。貴女の孫のアリシアだ。いろいろと紆余曲折あったが、唯一の肉親であることに変わりはない。以後、よしなに頼みたい」
最初にアリシア皇帝が声をかけたが、あろうことかレリオネラ太皇太后は表情を変えずに、すっと皇帝を無視すると両公爵に顔を向けた。
「ひ、久方ぶりでございます、レリオネラ太皇太后陛下、その節は大変ご迷惑おかけして恐縮しております。お元気そうで嬉しく存じます」
「ご、ご無沙汰して申し訳ございません、レリオネラ太皇太后陛下。お会いできて歓喜しております。お戻りになられると聞いたなら、ぜひお迎えに参上いたしましたのに」
レリオネラ太皇太后の振る舞いにアリシア皇帝の顔色が変わるのを見て、ライル・カイル両公爵は慌てて太皇太后に再会の喜びを伝える。
こ、怖っ……だ、大丈夫だろうか。皇帝の怒気がオーラになって見えそうなんだけど。
どうやら、レリオネラ太皇太后の傍若無人さは、依然とまったくお変わりないようだ。
上位者の答礼が終わるのを見て、皇帝の様子を気にしながらも、他の者たちも太皇太后に対し、それぞれの立場で言葉を返した。
「レリオネラ太皇太后陛下、お初にお目もじいたします。 フォルムス帝国全権大使リシュエット・アールグレイスと申します。お会いできて光栄に存じます……」
ただ、最後に謝辞を述べたリシュエットだけは何事か言いたげに逡巡する素振りを見せたが、思いとどまったらしく一礼すると力なく着席した。
けれど、全員の答礼に頷きを返していたレリオネラ太皇太后はそれを見逃さず、リシュエットに問いかける。
「フォルムスのリシュエット様と申しましたか、何かわたくしに申したいことがお有りでなくって?」
「も、申し訳ありません。このような場で申すには恐れ多きことですので……」
「構いませんのよ、ねえ良いでしょう、イフネル正神官?」
議事進行役のイフネルに確認するが、彼が断れるわけもない。
「太皇太后陛下がよろしければ、問題ないかと……」
「ほら、許可も出たから仰いなさいな」
「で、ではご無礼ながら……」
レリオネラ太皇太后の気まぐれに、リシュエットは意を決して口を開いた。
「陛下、不敬を承知で伺います。ご不快であったら、お咎めも辞さない覚悟でございます。実のところ私は、かつて陛下にお仕えした宮廷医術師ウルリクの孫になります。陛下が祖父の処刑に関与されていたと言う噂がありますが、真実のことでありましょうか?」
「リ、リシュエット全権大使! それはあまりに不敬な質問だぞ!」
「ぶ、無礼極まりない発言だ。控えたまえ!」
ライル・カイル両公爵が目の色を変えて叱責するが、聞かれた当の本人はいたって平然としている。
「あら、そんなことが聞きたいの。そうね……関与したかどうかと問われれば……」
レリオネラ太皇太后は、冷たい目でリシュエットを、じっと見つめながらゆっくりと答えた。
「……したと言えるでしょうね。わたくしのところにも『長年、皇后陛下に仕え功績のあった人物ですが、助命嘆願いたしますか?』と聞きにきましたが『必要ない』と答えましたから」
「な、何故お助け下さらなかったのですか? 祖父は陛下に献身的に仕えたというのに……」
「献身的に仕えるのは仕事だから当然でしょう。それに、わたくしはウルリクを恨んでいたのですから」
リシュエットの嘆きをレリオネラ太皇太后は、ばっさりと切り捨てる。気位が高く苛烈な性格と言われる太皇太后の片鱗が垣間見えるやりとりだ。
「そんな……」と当惑するリシュエットに興味が失せたように一瞥したあと、レリオネラ太皇太后は参加者一同を見回し、オレの姿が目に入るとぴたりと視点を止めた。
「ア……」
「ア?」
「アリシアちゃん!」
えっ?
「アリシアちゃんに、こんなところで出会えるなんて! もう、ずっと心配していたのですよ」
先ほどのリシュエットに対する態度がまるで嘘であったかのように、顔いっぱいに喜色を浮かべ、今にも走って抱きつきそうな勢いでレリオネラ太皇太后は叫んだ。
ちょ、ちょっと待ってくれ。
嬉しいのはわかるけど、皇帝陛下がヤバいほど怒ってらっしゃいますよ。
「お久しぶりです、レリオネラ太皇太后陛下。すごくお元気そうで何よりです……そのぉ、ごめんなさい。オレ……じゃなくて私、もうアリシアじゃ無くなっちゃったんで、リデルって呼んでもらえますか?」
じゃないと、遠くからめちゃくちゃ睨んでくる現アリシアさんに殺されそうなんですけど。
「何を言っているの。わたくしのアリシアちゃんは貴女だけよ。誰が何と言おうと、それは変わることのない真実なの!」
「あ、ありがとうございます。と、とっても嬉しいですけど……血統裁判で負けてですね……」
「そんなこと関係ありません!」
だ、断言しちゃったよ、お祖母さま。
し、視線が……皇帝の視線がざくざく突き刺さって痛すぎるんですけどぉ。
助けを求めようと、参加者に目を向けると皇帝陛下を除く他の全員がレリオネラ太皇太后の暴走に度肝を抜かれて固まっていた。
まあ、いきなり『アリシアちゃん』呼びは、引くよね。
が、いち早く我に返ったネヴィア聖神官が太皇太后を、やんわりと押しとどめる。
「レリオネラ太皇太后陛下、興奮するほど嬉しいのは理解したが、とにかく落ち着きなさい」
太皇太后陛下を諫めるというより妹を諭すような口調で聖神官は宥める。
「え? あ……」
さすがに場を弁えない自分の暴走に気づいた太皇太后は顔を赤くして落ち着きを取り戻した。
「さて、少し横道に逸れましたが、本筋に戻りましょう。この場にレリオネラ太皇太后陛下に来ていただいたのは、どうしても確認したいことがあったからなのです」
「ええ、そう聞いているわ。お答えできることなら、何でも答えて差し上げます」
「ありがとうございます、陛下。それでは、お尋ねしますが……陛下、いやレリィ。何故、君はそうまでして、この娘に肩入れするんだ?」
皆様、予想通りでしか?
相変わらずの方でしたねw
解決編もそろそろネタバレしそうなんで、わかっても感想に書かないでくださいね(>_<)
お願いしますm(__)m
たぶん、伏線張ってきたので、気づいてる人も多いかもしれませんので……。