思いがけない結果……⑤
「先ほどお話ししたようにデュラント三世のフォルムス外征に際し、メルトリューゼ子爵領は頑強に抵抗し続けました。その中核を担ったのが、当主代理として子爵領軍を率いた二十歳のフォスティーヌだと伝えられています」
武勇に優れ、二十歳そこそこで軍を統率できるなんて、フォスティーヌさんは確実にオレより優秀だと思う。圧倒的な帝国軍に対して怯まない度胸もあるし、それに付き従う部下もいるのだから人望もあったのだろう。
オレ自身は個人戦闘力なら化け物じみてるが、人望や軍の指揮となると話は別だ。
フォスティーヌさんが、よっぽど有能な人物だったことは容易に想像できる。けど、現在あまり知られていないところを見ると、何か理由があるように思えた。
まさか、もう亡くなっているとかじゃなければいいのだけれど。
興味を持ったオレが耳をそばだてていると、リシュエットは報告を続ける。
「フォステーヌはイオステリア帝国軍を領境で数度も撃退し、子爵領軍の士気を高めましたが、多勢に無勢。その圧倒的な兵力差により善戦むなしくフォスティーヌは捕らえられます。そして虜囚貴族として引見の場でデュラント三世と出会うこととなります」
「ふむ、その話なら私も聞いた覚えがある。確か当時、メルトリューゼ子爵領は南部外征の最重要拠点と考えられており、そこが陥落したことでフォルムス戦が決着したとさえ言われていたはずだ。そのため、デュラント三世陛下が……いや、四世陛下が皇帝に即位したばかりで『神帝』を称されていたが、わざわざ前線まで出向かれたという記憶がある」
「はい、まさに猊下の仰る時期のことです」
ネヴィア聖神官が当時を思い出すとリシュエットは相槌を打つ。
「そして、その折にデュラント三世、いえデュラント神帝はフォスティーヌに一目惚れするのです」
「一目惚れ?」
オレが思った同じ疑問を聖神官が投げかける。
「軍装も解かれぬまま神帝の前に引きずり出されたフォステーヌの姿を見て、デュラント神帝は彼女を一目で見初めたのです。髪を短く切り、凛々しい態度で臨んだフォステーヌを、どうやら美青年と思い違いしたようだとの記述がメルトリューゼ家の手紙に残されていました」
な、なんだって! それじゃ男色家の三世はフォスティーヌを男性と見間違えて一目惚れしたっていうのか?
なんか、ややこしくなってきたぞ。
「神帝が一目惚れした理由は、わかりました。しかし、そんな勘違いはすぐに露見するのではありませんか。そうなれば神帝の興も削げたでしょう」
リシュエットの言葉に聖神官は否定的な意見を述べる。
「ええ、普通であればそうなったでしょう。けれど、そうはならなかった。デュラント神帝にどういう心境の変化があったかはわかりません。ただ、デュラント神帝はフォスティーヌを所望なさったのです」
「それは初耳です」
驚きを見せるネヴィア聖神官に加えてライル・カイル両公爵も目を見開いているので、本当に衝撃な情報だったようだ。
「そして、こちらもどのような経緯があったかはわかりませんが、メルトリューゼ子爵側……フォスティーヌもそれを受け入れたのです。その後の結果を見る限り、身一つでメルトリューゼ子爵領を守ったと考えるのが順当でしょう」
「……それは、子爵家を守ったと言うより、自分の身を犠牲にして領民を守ったと言うことに他ならないでしょう。言いにくい話ですが、晩年のデュラント神帝は歯向かう人間には全く容赦がありませんでしたから」
「ええ、フォルムス帝国民としては、神帝を僭称する男の許しがたい愚行の数々を列挙できますが、そういう場では無いので止めておきましょう」
ちょ、ちょっと待ってくれ。
それじゃ、二十歳のうら若き乙女が子爵家と領民を守るため、三十近くも年の離れた好きでも無いおっさんに身を任せたってこと?
そんなの絶対、許せない。
というより気持ち悪い。
ちょっと似たようなタイプで親近感がわいていただけに、余計ムカムカする。
わわ、自分の身に置き換えて考えただけで鳥肌が立ってきた。
けど……待てよ。
皇女時代のオレも、レオン公子かアルフレート公子のどちらかとの結婚を迫られていたのだから、似たようなものかも。
イオステリア帝国と帝国民の安寧を保つために身を犠牲にしろってことだ。
冗談じゃない。そんなの真っ平ごめんだ。
オレは自分のことは自分で決める。
絶対にそうする……そうしたかった……でも、そういうわけにいかなかったのも現実だ。
貴族や皇族が国民から税を集めて贅沢な暮らしが出来るのは、代わりに貴族や皇族が自分の務めを果たす義務があるからだと皇女候補時代の授業で学んだ。だから、貴族の男は戦争に出向き、女は他家に嫁いで関係を強固にするのだと。
そこに、本人の意思や希望が入る余地はない。
正直、オレには無理だと思ったし、皇女になりたくないと祈ったことを思い出す。
なのに皇女となってしまったオレは、当時ずいぶん途方に暮れたけど、そこで思いついたのがアリスリーゼ行きだった。
自分が皇女としての決意を固めるためと、守るべき国民を見てみたかったのだ。
そして、アリスリーゼ行きの道中で得た様々な経験は、オレの意識を変えた。
皇女になる決意が定まったと言っていい。
アリスリーゼから帝都に戻ってきたオレは、そのつもりでいたのだ。
まあ、結果的には皇女でなくなって、正直ほっとしているのが本音だけど、フォステーヌさんの選択を否定できるほど単純ではないことをオレは理解していた。
「とにかく、そういうわけで極秘裏にメルトリューゼ子爵領でお二人の関係は続き、やがて御子が産まれました」
「な、なんですと!」
「そんな話、聞いたことがない」
「まさか、そんな……」
リシュエットの意表を突く発言に、ネヴィア聖神官や両公爵は驚愕し、他の参加者もざわざわと騒ぎ出した。
過去とはいえ、嫌な展開で申し訳ありませんm(__)m
やはり、権力者は怖いです(;一_一)
さて、コミカライズのおかげで一時、大幅に伸びていたPV数も落ち着いてきましたw
まさか、少し読んで、つまらなくてブラバしたのか? それとも途中で飽きたのか?
いろいろ心配が募ります。
……いや、平常心で頑張ろう!