思いがけない結果……④
「ほう、報告ですと?」
「ええ、ぜひネヴィア聖神官猊下に御報告したい事がありまして。お聞き届けいただけますか?」
話を折られた格好のネヴィア聖神官は不思議そうな表情でリシュエットを見つめると、皇帝に確認を求める。
「私の方は構いませんが……陛下もよろしいですか?」
「聖神官殿がよければ、こちらも構わぬ」
「では、リシュエット全権大使。貴女のいう『報告』をお願いします」
許可する聖神官の目は興味深げにリシュエットに注がれていた。
アリシア皇帝も、彼女の存在をそれほど重要視していなかったと見えて、意外そうな顔付きで事の成り行きを見守っている。
「ありがとうございます。アリシア陛下、聖神官猊下」
リシュエットは二人に礼を述べ一同を見渡すと、少し間を開けてからゆっくりと口を開いた。
「猊下は『メルトリューゼ子爵領』をご存じですか?」
「もちろん存じておるよ。このイオステリア帝国と貴国フォルムス帝国との間にある火種として、あまりにも有名であるからね」
『メルトリューゼ子爵領』――オレも皇女候補の時に受けた授業で、かろうじて覚えている。
元々はフォルムス帝国領だったのだけど、デュラント三世が行った周辺諸国に対する外征でフォルムス帝国軍が大敗を喫した際にイオステリア帝国に割譲された地域だ。
最後まで激しい抵抗を見せたメルトリューゼ子爵は降伏後、デュラント三世に帰順し許されるとイオステリア帝国子爵となり、そのまま旧領を任され旧主家であるフォルムス帝国と敵対した。
勇猛で知られたメルトリューゼ子爵の裏切りにフォルムス帝国は激怒したが、敗戦の痛手が癒えぬ状況では容認せざる得なかったようだ。
防衛上も交易上も重要な地域であったメルトリューゼ子爵領に対し、フォルムスはその後何度となく奪還を企てるが、ことごとく失敗に終わっている。
「今回のイオステリア内乱の渦中、フォルムス帝国は『メルトリューゼ子爵領』に侵攻し、現在実効支配しています。当初の予定通り、ライル公爵が帝国の実権を入手した折にはそのままフォルムス帝国に編入されることになっていました。つまり、我が国の宿願であった『メルトリューゼ子爵領』の奪還が成就する予定だったわけです」
「なるほど、貴国がライル公爵に与したのは、そのような領土問題が背景にあったのですな」
「いやはや、祖国の領土を切り売りしてまで協力を要請するとは、まさに売国奴と罵られても否定はできませんね」
ネヴィア聖神官が結論付けると、アリシア皇帝からは厳しい断罪の声が上がる。
一方、ライル公爵の方は皇帝の非難を平然とした顔で受け流しているが、明らかに分が悪い。
リシュエット全権大使は、いったい何がしたいんだ?
これじゃ、ますます皇帝陣営が優位になってしまうぞ。
「猊下、申し訳ありません。報告はまだ終わっておりません。続けても構いませんか?」
「おや、そうでしたか。無論、構いません。ぜひ、お続けください」
どうやら、まだ続きがあるらしい。
「ありがとうございます……先ほど申しましたように、我がフォルムス帝国軍は『メルトリューゼ子爵領』を制圧し、現当主を捕縛し主要な施設を接収しました。その際、領主の館にて興味深い資料を数多く入手したのです」
「興味深い資料?」
リシュエットの発言に聖神官は訝し気な表情になる。
彼女が何を言おうとしているのか見当もつかないようだ。他の誰もがそう思っているらしく、周囲は無言で先を促した。
「資料とは手紙や日誌、公文書その他もろもろの書類です。ところで、聖神官猊下。デュラント三世が外征を終えた当時、メルトリューゼ子爵領に足繁く訪れていた事実をご存じですか?」
「三世陛下がですか……いや存じ上げないが、戦後処理のためではありませんか」
「公的な訪問はそうでしょう。けれど、当時の資料を見ると私的な訪問は異様なほどの回数に上ります。何故、三世陛下はメルトリューゼに頻繁に通われたのか……」
聖神官は息をのんでリシュエットの次の言葉を待った。
「ここに『フォステーヌ・メルトリューゼ』という人物がおります。この中で、この名に聞き覚えがある方はいらっしゃいますか?」
リシュエットは会議に参加している一同を見渡すと、しばらく返答を待った。
返事が無いのを認めると、リシュエットは再び、口を開く。
「いらっしゃらないようですね。そうでしょう、私も知りませんでしたから。まあ、無名と言っても差し支えないでしょう。けれど、この人物、なかなか興味深い女性なのです」
女性……名前からして女性っぽいと思ったけど、やっぱりそうか。
けど、三世は筋金入りの男色家のはずだから、彼女目当てでメルトリューゼ子爵領に通うとは思えないのだけど。
何か別の目的や理由があったのだろうか。
「この『フォスティーヌ』さんは、ずいぶんと変わった方のようでして『自分は男だ』と物心ついた頃から公言し周囲を困らせていたようです。しかも、武術の才能に優れ、並みの男性では敵わないほどの技量の持ち主であったとか」
あれれ……何か既視感が。
「メルトリューゼ子爵は一人娘だった彼女に婿養子を迎えようと躍起になって縁組しましたが結局上手くいかず、他家から養子を迎えることになったそうです。そして、その跡継ぎが成人するまで彼女が後見人になることが決まりました。そんな中で起こったのがデュラント三世の外征です」
お、ようやくデュラント三世と話が繋がるのか。
それにしても、このリシュエットって人、なかなか凄いな。
みんな食い入るように彼女の話を聞いている。
やはり、若くても全権大使に選ばれるだけのことはあるのかも。
短めでごめんなさい。
3月4月はリアルが忙しくて……(>_<)
せめて週一更新は確保したいです。
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