停戦会議へ……⑧
イオラート教が望んでいない…………教皇側の本音だ。
本当なら皇帝側について停戦交渉をまとめる方がずっと楽に違いない。それどころか教導騎士団を使えば皇帝側に決定的勝利を導くことも可能だろう。
それをあえて選ばない理由がそこにある。
「そもそもイオラート神の代行者として王権を神授されたのが初代アルセム国王です。その血筋から分かれ、新たに啓示を受けて皇帝の座に就いたのが初代イオステリア皇帝なのです。ですから、皇帝はイオラート神に全身全霊を捧げ、その全ての権能を持ってイオラート教を護っていくべき存在でなければならない」
イフネルは顔を紅潮させ、浮かされたように熱弁を振るう。
「皇帝がイオラート教以外の邪教を信奉するなどあってはならないことなのです!」
イオラート教の神官としては絶対に譲れない教えなのだと思う。
そして、それこそが教皇側がアリシア皇帝と与せない理由と言えた。
「…………皇帝側の勝利は今言った通り論外ですが……」
少し声のトーンを下げ、興奮を抑えながらイフネルは続ける。
「今までお伝えした話は、我々と各陣営の代表部との事前協議で交わされた大枠に過ぎません。言ってみれば、最終的な落としどころといった案なのです。会議の前に各陣営の当主や代表には各々の代表部が現状を説いていると思いますが、実際の会議の席上で当主の方々がそれを受け入れるとは限りません」
「じゃあ、こじれる可能性もある訳なんだ」
「当然ながら、ありえます。当主には当主自身の想いや面子がありますからね。けれど、当主の面子がいかに大事であろうと実現不可能な提案はできません。多少の変更はあっても最終案を大きく外れることは無いと考えています。もっとも、今以上に大きな状況変化があれば別ですが」
「会議の行方は各陣営の当主の気持ち次第か……危ういね。話を聞く限り受け入れる可能性は高いと思うけど、やっぱり問題は……」
「ええ、アリシア皇帝でしょう」
イフネルは苦々しい表情できっぱりと言った。
確かに間違いなく、この停戦案をアリシア皇帝は拒否するだろう。
「じゃあ、どうするつもりなんだ?」
「ネヴィア様に言葉を尽くしていただき、陛下自らのご進退をお決め願いますが、もしお受けにならない場合は……」
イフネルはネヴィア聖神官に恭しく頭を下げてから、オレに宣言した。
「西方管区長であられるネヴィア聖神官の権限を以て『邪教鞠問』を行い、イオラート教より破門します」
「どういうこと?」
オレが意味が分からず、きょとんとしているとイフネルは呆れたように溜息をつく。
「良いですか。皇帝はイオラート神の祝福を受けて即位するものです。有史以来、イオラート教徒でない者が皇帝であったことは、ただの一度もありません。破門されるということは、すなわちそういう意味です」
難しいことはわからないけど、なんだか大変なことだけは理解した。
◇◆◇◆◇◆
「ライノニア公国ライル・エドワース・デュラント公爵様!」
「カイロニア公国カイル・アルベルト・デュラント公爵様!」
二人の公爵の名が告げられると、東側と西側の扉が開け放たれ、両者がゆっくりと入室してくる。
ここは停戦会議が開かれるファニラ神殿の大広間だ。
中央には序列を示さない円卓が置かれており、会議の当事者たる当主や代表者達が席に着くことになっていた。
随伴者はその後ろに設けられた席に着き、代表に助言や資料を提供する形だ。
かく言うオレもネヴィア聖神官の後ろの席に目立たないよう大人しく座っていた。
格好は例の神官服で、頭にはベール付きの神官帽を被り、顔がわからないようにベールを下ろしていた。高位神官の護衛が顔を隠して随行することは、よくあることなので別に不審に思われることは無いようだ。
まあ、オレの場合、この人目を惹きすぎる容姿と偽皇女を名乗ったリデルであることを隠すために必要な措置だったのだけど。
「あとはアリシア皇帝陛下だけですね。皆様方、今しばらくお待ち願います」
両公爵が席に着くと、進行役らしいイフネル正神官が出席者に詫びる。
オレは、ただ一つ残っている空席に目を向けたあと、円卓に着いた出席者やその後ろにいる随伴者を眺めた。
ついでに今回の会議に参加するメンバーについて説明しておこう。
教皇側 ネヴィア聖神官 〇
ハグバート教導騎士団長(南方大神殿) 〇
イフネル正神官
皇帝側 アリシア皇帝 〇
ケルヴィン宰相 〇
デイブレイク近衛軍司令
パティオ大神官(中央大神殿)
フェルナトウ・デリザス宰相補
カイロニア カイル・デュラント公爵 〇
リセオット内政官 〇
ティオドルフ将軍
ザーレフ大神官(西方大神殿)
ライノニア ライル・デュラント公爵 〇
ネルレケス内政官 〇
パロール将軍(戦死したグルラン将軍の後任)
ホーフェン大神官(東方大神殿)
フォルムス帝国 リシュエット全権大使。 〇
ヴァンフェリク将軍。
アルセム王国 ラシュピドル全権大使。 〇
アンドラ将軍
ちなみに〇が付いている人物が円卓に着席する者達で、それ以外は随伴者として後ろの座席に座る者達だ。
なお、ここに載せた人間以外にも護衛や従者等多くの人間が、この場に存在していた。
まあ、オレもその一員の一人なのだけどね。
「イフネル正神官、アリシア皇帝陛下は如何したのかね? 両公爵や他国の大使を待たせるとは、いったいどういう了見だね」
公爵は先ほど来たばかりだけど、随員として先に席に着き、ずっと待たされているライノニアのネルレケス内政官が苛々したようにイフネルに詰問する。
「今しばらくの御猶予を。それともネルレケス内政官、貴方の命令で皇帝陛下を急がせますか?」
「ぐぐっ……」
ネルレケス内政官の申し出にイフネルは何の感情も見せず淡々と答える。
「私は待つのは嫌いではないよ、ネルレケス君。急ぐことはない」
「は、閣下の仰る通りでございます」
ライル公爵が取り繕うとネルレケスは恐縮した素振りを見せる。
けれど、彼がイフネルを暗い目で睨みつけるのをオレは見逃さなかった。
ホント、イフネルさんって敵を作りやすいタイプだ。
オレも言動には気を付けよう。
「アリシア・プレジィス・イオ・デュラント皇帝陛下、御出座でございます」
そう思っている内に、最後の出席者が大広間に到着した。
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