停戦会議へ……⑦
「……いや、そりゃ絶対無理だろ」
あの皇帝がそんな提案、飲むわけがない。
前にもネヴィア聖神官から聞いた時も無理だと思ったけど、どう考えても交渉は決裂するに決まってる。
「絶対無理ですって?」
イフネルが、ぎろりとこちらを睨む。
やべっ、声に出てたみたい。
「い、いや……ごめん。口を挟むつもりはなかったんだけど」
「ならば、口を閉じていなさい、部外者は」
うわっ、めっちゃ敵視してる。
「イフネル君、そう邪険にするものでないよ。リデルさんの言う通りだと私も思う。今回の停戦会議成功の鍵がアリシア皇帝にあるのは間違いないし、困難を極めるのも想像できる。それは認めねばなるまい」
「ネヴィア様の仰る通りですが……」
こいつにだけは言われたくない、そんな台詞を飲み込んだように見える。
「でもさ、ネヴィア聖神官。さっきの調停案、アリシア皇帝のことは置いといて、各国が受け入れる可能性があるのか? なんか厳しそうな内容だったけど」
「そうさの。皇帝陛下以外は恐らく、まとまると見ている」
「それについては私から説明いたします」
聖神官に諭されて黙っていたイフネルが勢い込んで口を開く。
「愚昧な者にもわかるよう簡単に説明して進ぜましょう」
「そりゃどうも」
「まずはアルセム・フォルムス両国ですが、強気の姿勢とは裏腹に実情は一刻早くも撤兵したいと考えているのです。戦争が長引けば長引くほど戦費がかかりますからね。勝って賠償金が取れれば良いですが、現状を考えれば厳しいと言えるでしょう。逆に敗戦が決定すれば賠償金を払う可能性だってあります。さらに自国の兵を多く損なえば、国民の信用も落ちます」
自国の防衛ならまだしも、他国への侵略だ。益が無ければ、それだけで為政者の評判が下がると言うことか。
「したがって先ほどの調停案は両国にとって決して良い案とは言えませんが、飲めない条件ではありません。短期的に見れば、最良の可能性もあります」
イフネルはオレが納得しているのを見て、話を続ける。
「次にライノニア公国ですが、クーデターが失敗した時点で保身が最優先となったと見て構いません。もし、敗戦が決定すればライノニア公は廃され、公国も消滅するかもしれません。ですが、かろうじて拮抗している今なら、対等に近い条件で停戦できるでしょう。アルセム・フォルムス両国の腹の内がわかっているだけに、ことは重大で素早い対応が求められます」
アルセム・フォルムスの動向次第では、ライノニアは一人負けとなる。
確かに調停案を受け入れる余地はあるだろう。
「でもライノニア公が引退し、公子が継ぐっていうのはどうなんだ?」
「それも問題ないでしょう。表向きは引退しても家長に違いありません。実体は今とさほど変わらない政体となるでしょう。まあ、実害の無い条件と言えますね。それに公国領が縮小されないのなら、多少の賠償金にも目をつぶるでしょう」
反皇帝側の実態はわかった。
けど、皇帝側はどうだろう。
無理して条件を呑んで停戦する必要が無いようにも思える。
「でも優位に立っている皇帝側は、その条件を受け入れるの?」
オレが恐る恐るイフネルに尋ねると彼は大きく頷いて続きを話し出す。
「皇帝側はアリシア皇帝とカイロニア陣営と分けて考える必要があります。まず、カイロニア公国ですが、戦局はやや優勢に見えるので強気の姿勢ですが、こちらも実情は厳しい。そもそも両公国が内戦を休止していたのは両国とも疲弊し継戦能力が失われていたからです。それなのに、アリスリーゼ討伐軍を編成し実際に派遣した。これはカイロニアにとって相当な出費であったに違いありません」
なるほど、カイロニア公国は反皇帝軍と戦う前にアリスリーゼ討伐で多大な戦費を使っていたのか。
「皇帝の勅命に逆らえるわけありませんので渋々出兵しましたが、カイロニアの公国財政を逼迫させたことは容易に想像できます。この状態で反皇帝軍との戦争は続けることは共倒れを意味し、第三国……例えば南方に位置するディストラル帝国の介入を招きかねません。主力軍が中央に展開しているのですから、隙だらけの状況と言っても過言ではありません」
ディストラル帝国はカイロニア公国の南に位置する帝国で、群雄割拠を統一した新興国家だ。
オレの親父が皇帝だった頃、統一に手助けした関係で比較的良好の関係を保ち、内戦時にも国境線を超えることは無かったが、アリシア皇帝の代となってはわからない。
これだけ手薄だと、さすがに食指が動かないとは断言できないだろう。
「カイロニア公の引退については先ほどのライノニアと同じです。実権は変わらないと見て良いでしょう。賠償金をもらえてライノニアより優位に立てるなら、矛を収める可能性は無くもないでしょう。問題は…………」
「アリシア皇帝か」
思わずオレが呟くとイフネルは渋い顔になる。
「ええ、皇帝陣営と言うよりアリシア皇帝陛下本人が問題なのです。実のところ、ケルヴィン宰相とは秘密裡に話が付いています」
「えっ、ケルヴィンと? でも、あいつ宰相の地位に執着してたから絶対応じないと思ってたのに」
「君は帝国の制度に疎いのですか? 『帝国四官』の内、『尚書令』、『上将軍』、『聖神官』の三官は皇帝が退位すると自動的に失職する。けれど『宰相』だけは次の皇帝が即位するまで在職し続け、新皇帝が即位すると失職する。そして、新皇帝が新たに四官を勅命する――そういう仕組みになっています。したがって、ケルヴィン宰相はアリシア皇帝が退位しても『宰相』のままなのです」
そういえば、皇女候補時代に、そんな話聞いた記憶がある。
宰相のままいられるのなら、ケルヴィンがアリシア皇帝を裏切る選択は有りなのだろうか。
「そもそも今回の一連の騒動はアリシア皇帝陛下が筋書きを立てた節が見受けられます。アリスリーゼ討伐軍を派遣し、隙を見せてライノニアにクーデターを起こさせる。そして返す刀でそれを粉砕し皇帝の権力を盤石にする……そんな風に考えていたのではないでしょうか。アルセム王国の参戦なければ、その目論見は成功していたかもしれません。いや、今でも成功すると信じているでしょう。何故なら……」
「背後にゾルダート教がいるから」
イフネルはますます苦い顔になって息を吐きだす。
「ええ、その通りです。実際、彼らの存在は戦局を左右するものです。ここで停戦しなければ、皇帝軍が勝利する公算は高いでしょう。ですが、それは…………我々イオラート教が望んでおりません」
情報開示となったので、お知らせします。
拙作「いつまでも可愛くしてると思うなよ!」がコミカライズされることになりました。
これも読んでくださる皆様方のおかげです。本当にありがとうございました。
詳細は活動報告をご覧ください。
作画の香椎ゆたか先生の描くリデルはとっても可愛いですよ!




