停戦会議へ……⑥
やがて、隊列は物々しい雰囲気の中、ファニラ神殿に到着した。
軍勢の合間を縫うように進んで行くのは何も起きないとわかっていても、けっこう緊迫感があったので無事に着いて、正直ほっとする。
馬車が止まると、神殿の前にはファニラ神殿の神官を後ろに従えた高位神官が待ち構えているのが見えた。
「お待ち申し上げておりました、ネヴィア聖神官猊下」
「おおっ、イフネル君。出迎えご苦労。今回は面倒事を頼んで悪かったね」
「いえ、猊下のご依頼であれば喜んでお受けいたします。お気遣いには及びません」
眉目秀麗の若い青年神官が両手を胸の前でクロスし膝をついて出迎えると、ネヴィア聖神官は相好を崩す。
イフネル・ローライカ正神官――教皇領にて神殿史上最年少で正神官となった俊英であり、ネヴィア聖神官の腹心と目される人物だ。
見ての通り、小柄でほっそりしていて女性と見紛う容貌をしているが、身に纏う雰囲気は少しも艶めかしくない。目つきが鋭いのと唇が薄いせいか、どこか酷薄な印象を見る者に与えている。
絶対、頭が良すぎて周りの人間が馬鹿に見えるタイプだと思う。
何となくケルヴィンと同系統の人物に感じるので、オレとの相性は良くないに違いなかった。
ネヴィア聖神官と共に教皇領から派遣されてきたが、聖神官の命を受け忙しく動いていたせいでオレとの面識は、ほとんど無い。
けど、数少ない接触の場においてオレの直感は、彼がオレのことを嫌っていると告げていた。
相性が悪いのはわかるが『ここまで嫌われる理由がわからない』オレが不思議がるとヒューは笑いながら推測してくれた。
おそらく『ネヴィア聖神官の一番を取られたから気に食わない』のではないか、とのことだ。
何だ、それ? 全く意味が分からない。
オレと彼とでは立場が全然違うし、比較するべき対象でもないはずだ。
どうして、そんな訳の分からない理由で敵視されなければならないのか。
理不尽にも程がある、解せぬ。
「神殿長室をお借りして猊下のお部屋をご用意いたしました。ご案内しますので、どうぞこちらへ……」
そしてオレの方をチラリと見ると「お付きの方はご自由に」と告げられる。
「そうか、手数をかけるな、イフネル君。さあ、リデルさん、一緒に参りましょう」
あらら、せっかくお付きの神官に扮していたのに、これでは聖神官にとって特別な人間に見えてしまうぞ。
案の定、神殿の神官たちは驚いている様子だし、イフネル君は怖い顔で睨んでくる……うん、これだから孫娘にぞっこんの爺ちゃんは困る。
オレは小さな溜息をつくとネヴィア聖神官の後ろについてファニラ神殿に入った。
「ネヴィア様、各陣営との事前交渉はすでに終わっております」
ネヴィア聖神官用に設えた部屋で一息つくと、イフネル正神官は徐に口を開いた。
彼以外にこの部屋にいるのは、オレとネヴィア聖神官だけなので、言葉遣いから余所余所しさが消える。
「ご報告の前に失礼します。……君、部外者は席を外したまえ。君が聞いて良い内容ではない」
イフネルはオレの方に視線を向けると冷ややかに言った。
「いや、オレもそう思うんだけどさ……」
イフネルさんの言う通りだとオレも言いたいのだけど、ネヴィア聖神官から常に一緒にいて欲しいって頼まれていてさ。
「良いのだ、イフネル君。彼女は私の護衛なのだ、同席するのが当然だ」
「ですが、内容が内容です。このような者の耳に入れるわけには……」
「この娘は信頼できる。それに君もすでに報告を受けたと思うが、行きがけのようなことが無いとは限らない。リデルさんの護衛は必要不可欠なのだ。異存は許さない」
「……畏まりました。出過ぎた申し出をいたしました、お許しください」
お許しください……って言いながら、こっちを睨むなよ。
オレだって、ここにいたいわけじゃないんだから。
「そうか、わかってくれれば、謝る必要はない。それより状況はどうなっておる」
「は、各陣営の代表はすでにそれぞれ到着いたしております。後はアリシア皇帝が揃えば停戦会議を開くことが出来ましょう」
「そうか……して、各陣営の言い分はどうであった?」
「各陣営の代表部と交渉しましたが、停戦条件は次のようなものでございました」
イフネル正神官は事前交渉で得た情報を報告し始めた。
ちなみにその報告を簡単に要約すると下記のようになる。
・アリシア皇帝 ライル公の引退。ライノニア公国領の縮小。
フォルムス・アルセムの撤兵。
ライノニア、フォルムス・アルセムに対し賠償金を要求。
・カイロニア 皇帝と同。
・ライノニア アリシア皇帝の退位。カイル公の引退。
帝国、ライノニア対し賠償金を要求。
・フォルムス帝国 アリシア皇帝の退位。密約した領土割譲。今回の戦費を帝国の負担に。
・アルセム王国 アリシア皇帝の退位。今回の戦費を帝国の負担に。
何てこった、お互いが勝ったと主張しているから双方とも強気の内容だ。
これでは平行線のまま、停戦会議がまとまる訳がない。
「全く欲深い連中です。自分たちの利のため強気の姿勢を崩そうとしません。これではまとまるものも、まとまらないでしょう」
イフネルもオレと同様に思っているらしく、呆れ顔で断言する。
「ですので、両者の言い分を考慮して教皇領が提示した調停案は、次のようなものとなりました」
ネヴィア聖神官が頷くのを見て、イフネル正神官は続ける。
「まず、アルセム・フォルムス両軍は即時撤兵する。そして、両陣営が互いに主張する賠償金と戦費負担は相殺し、発生しないものとする。次に戦禍の責任を取って両公爵には引退していただき、世継ぎの公子を公爵とする。また、他国を巻き込んだライノニアはその非を償うため、帝国に対し、賠償金を支払うものとする……」
そこでイフネルは一呼吸おくと、続く言葉を口にした。
「最後に、帝国にこのような未曾有の事態を招いた責として、アリシア皇帝には退位していただく……」
親しい友人のお義父さんが陽性となり、友人も濃厚接触者になりました。
他県の方なので、しばらく会っていませんでしたが、いよいよ身近になってきたと痛感しました。
皆様もお気を付けくださいね(まあ、気を付けてもなる時はなりますが……)
1月がもう終わりとは、とても信じられません。
時間泥棒がいるんじゃないかと密かに思ってますw
けど、年内完結は……(ゲホンゲホン)