停戦会議へ……⑤
すみません。前話に一行、入れ忘れたので修正しました。(2021.1.23)
隊列は、しばらくしてから何事もなかったように再出発した。
被害らしい被害も出ていなかったし、意識の喪失もそれほど長い時間では無かったので、多少の不自然さは不問に付されたようだ。
もっとも、ヒューのように睡眠魔法に抵抗できた優秀な神殿騎士も何人かいたようだったのだが、無用な混乱を避けるためにネヴィア聖神官が緘口令を引いた。
調停者である教皇領の聖神官が襲われた、それだけで停戦会議が頓挫しかねない大事なので、ネヴィア聖神官の対応もやむを得ない判断だと思う。
「まあ、再度の襲撃は無いと思うけどさ。一応、剣は手元に置いておくことにするよ」
「そうですね、術者相手では剣士の我々にとって、いささか分が悪い戦いと言えるでしょう。情けない話ですが、リデルが頼りとしか言いようがありません」
「そんなこと無いよ。さっきのは、たまたまさ。オレだって、少し前に術者には散々な目にあってるし」
並走するヒューが自分を責めるので、オレはハッキリと否定してやる。
オレだって蜘蛛の術者に相当追い込まれたし、今回も偶然眠らなかった幸運とトルペンの協力のおかげと言えたから、お世辞にもオレだけの手柄とは言えない。
実際、次があったら、到底上手くいくとは思えなかった。
それほどまでに、ゾルダート教は敵として最悪だ。普通の人間相手では、ほぼ無敵と言っていいと思う。
オレやヒュー達のように剣で戦う者たちにとっても、正攻法で来ないだけに相性が悪い相手と言えるだろう。
ああいいう輩にはトルペンみたいな魔法特化した、おかしな奴でないと対抗できないのかもしれない。
そう考えると、このタイミングでトルペンがアリスリーゼから助けに来てくれたことは、偶然とはいえ、本当に助かった。
けど、そう何度もあいつの助力が期待できるとは限らないので、目的地に到着するまで用心するのに越したことは無いだろう。
オレがそう心に決め、ずっと緊張したまま護衛を続けていたが、そんなオレの思惑とは裏腹に、聖神官一行を乗せた隊列は雑然とした街並みが続く帝都外縁部を何事もなく抜け、開けた郊外に出た。
天候もすっかり回復し晴れ間も広がり、周囲に建物や森林もなく、見渡す限り耕作地が広がっていて、隊列が走る街道だけが遠くまで続いている……そんな風景だ。
雨上がりの爽やかな風が頬に当たり、張り詰めた心がほぐれていく。
視界内に襲撃者が隠れそうな場所も見当たらないので、さすがにもう奇襲は無いだろう。
オレはぎゅっと握っていた剣から力を抜いた。
どうやら、最初の危機は脱したらしい。
気が抜けたオレは、それからしばらく馬車から見える同じ風景を、ぼんやりと眺め続けた。
緊張がほぐれたせいか、次第に瞼が重くなってくる。さっきの襲撃時には全然眠くならなかったのに、今度は耐えきれないような睡魔が襲ってきていた。
「リデル様、少しお休みになったらいかがですか?」
オレの様子を心配したソフィアが優しく諭してくれたが、「全然、大丈夫」と言って断る。
けど、虚勢を張っている内に、オレの意識はいつの間にか遠のいていた。
◇
次に気が付いた時、オレは後頭部に柔らかい感触を感じた。
「お目覚めですか?」
瞼を開くと、ソフィアの笑顔が見えた。
「あれ? オレ寝ちゃったのか?」
「はい、よくお休みでしたよ」
どうやら、意識を手放したオレはソフィアの膝枕で熟睡していたようだ。
「あ、ごめん。重かっただろ。足、痺れなかった?」
慌てて起き上がるとソフィアはにっこり笑う。
「いえ、リデル様は羽根のように軽かったので、全く苦になりませんでしたよ」
やばい、ソフィアの笑顔、めちゃくちゃ可愛い。
ゆるゆると微笑むソフィアの横顔にカーテンの隙間から陽の光が射して、透き通るような美しさだ。寝ぼけ眼のオレにはソフィアが本物の天使のように見えた。
「それより、リデル様。いよいよ目的地のファニラ神殿が近づいてきました。ご覧になりますか?」
ソフィアは、オレの眠りを妨げないように閉じられていたカーテンを開いて、外を指し示す。
オレは言われるままに窓を開き、進行方向に目を向けて、目を見開いた。
「な、何だ、あれ?……」
遠くに見える前方の小高い丘に建てられているのが、おそらくファニラ神殿だろう。
そして、それを遠巻きに取り囲むように複数の軍勢がひしめき合っていた。
「東側の軍勢が反皇帝軍……ライノニア公国軍、フォルムス帝国軍、アルセム王国軍。西側が皇帝軍……近衛軍、アリスリーゼ討伐軍、カイロニア公国軍。そして、ファニラ神殿を囲むように陣取っているのがイオラート教導騎士団です」
ソフィアの説明にオレは唖然とした。
一歩間違えば、一触即発の状態なんじゃなかろうか、そんな疑念がよぎる。
「聖神官、これって大丈夫なの?」
オレは振り返ってネヴィア聖神官に問うた。
すると聖神官はにこにこと笑って答える。
「決裂すれば、即戦闘かもしれませんな」
「そんな悠長な……」
オレが焦って詰め寄ると聖神官は、ますます笑い顔になる。
「ネヴィア聖神官、笑っている場合じゃ……」
「冗談です。リデルさん、そんなに慌てずとも大丈夫ですよ」
オレが怪訝な顔をすると聖神官は人の悪い笑顔で答える。
「所詮、虚仮威しに過ぎません。両軍ともすでに長期戦を行う体力など、とうに無くなっているのですから」
じゃあ、短期決戦なら出来るんじゃないか?という言葉をオレは飲み込む。
そんなことは、聖神官なら百も承知だろう。
そのために、わざわざイオラート教導騎士団を呼び寄せたのだろうから。
オレを安心させるために言ったのか、そんなことはさせないという意思表示なのか、オレは知らない。
けど、この爺さんが見かけによらず度胸があり、この停戦会議に並々ならぬ気概を持って臨んでいることだけはわかった。
「まあ、お手並み拝見ってとこだな」
この面倒で複雑な停戦会議をネヴィア聖神官が、どう捌くのか?
オレは上から目線ながら、今後の展開に俄然、興味がわいた。
どうやら、やっと会議場の神殿に到着するようです。
だ、大丈夫か、このペースで……(>_<)
だんだん、不安になってきたw