停戦会議へ……②
あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。
パティオのいる執務室へ行くと、先に向かったネヴィア聖神官が打ち合わせをしていて控えの間で少し待たされることになった。
待っている部屋の外では停戦会議に出立するための準備で神官たちがバタバタと動き回り忙しそうにしている。オレの支度はすでに終わっているので、あとは聖神官の馬車に同乗するだけなので気楽なものだ。
一応、警護の任も受けているが、神官服に大剣はそぐわないのでテリオネシスの剣はヒューが預かることになった。いざという時には手渡してくれる算段になっている。
しばらくすると打ち合わせが済んだネヴィア聖神官が出てきて、オレと入れ替わる。
「それではリデルさん。後ほど、馬車にて」
ネヴィア聖神官はオレに笑顔を向けて立ち去って行った。
なんか孫娘との旅行を楽しみにしているお祖父ちゃんみたいで嬉しそうだ。
オレの本当のお祖父ちゃん……アデル・フォルテが生きていたら、こんな感じだったのだろうか? 伝え聞くところによると、かなり厳しい人物だったらしいけど。
「リデル、パティオ大神官がお待ちですよ」
一瞬、物思いに耽ったオレは、ヒューに促され神殿長室に入った。
「これはまた……」
パティオが絶句するのを見て、オレは当然の反応と思って諦めた。
この格好をしている限り、これからもこういうことが続くのかと思うと少しげんなりする。
一刻も早く、この神官服を脱ぎ捨てたい気分だ。
「よくお似合いですよ、リデル様」
「ありがとう、パティオ。それより悩み事が片付いたみたいだね」
パティオの賞賛の言葉を受け流し、オレは尋ねる。
ここ数日、パティオがずっとやきもきしていたのを知っていたので、今の様子から心配事が解決したように感じたのだ。
「はい、仰せの通りです。たった今、ネヴィア聖神官にも報告したところですが、聖神官がお待ちになっていた彼らがようやく帝都に到着したようです」
「彼ら?」
「ええ、イオラート教導騎士団です」
イオラート教導騎士団――それは教皇直属の騎士団のことであり、神殿騎士団の中から選抜された精鋭中の精鋭の戦闘集団だ。
大陸においては南方大神殿に常駐し、便宜上南方大神殿の神殿長が教導騎士団長を兼務していると聞いている。
つまり、南方大神殿の大神官は帝国の役職として神殿長を拝命しているが、それとは別に教皇から直接、教導騎士団長の役目を仰せつかっているという訳だ。
なので、教導騎士団は帝国外の組織であるため、今までも帝国内の争いには原則関与していない。つまり、教皇の命がなければ動くことはないのだ。
教皇及び神殿が帝国内において大きな影響力を及ぼしているのは、教導騎士団の存在が大きと言えた。もちろん、内戦を終結させるほどの戦力を保持しているわけでは無いので、今までは中立を保っていたようだ。
でも、この拮抗した状況においての参戦は内戦の趨勢を決めるキャスティングボートを握っていると言っても過言ではなかった。
なるほど、ネヴィア聖神官は教皇の権威だけでなく軍事力も提示して停戦会議を進めるつもりなのだ。精神的に加えて物理的にも圧力をかけるとは、なかなかの手腕だと思う。
これなら、アリシア皇帝が不満を持っても簡単に暴発できないだろう。
「これで内戦を終えることができれば良いのですが……」
パティオの不安げな表情にオレは明るく答える。
「心配性だな、パティオは。きっと上手くいくさ、内戦も……」
……クレイのことも、絶対に解決する。
オレはそう信じて疑わなかった。
◇◆◇◆◇◆
「それでは出発いたします」
馬車の外の神殿騎士がオレたちに声をかける。
ネヴィア聖神官とオレを乗せた馬車は、その言葉通りゆっくりと走り始めた。
目的地は停戦会議が開かれる予定の帝都郊外にあるファニラ神殿だ。ちょうど、帝都からも反皇帝軍陣地からも中間の位置にあり、それなりに大きな神殿であり停戦会議を行うには打ってつけの場所と言えた。
「あいにくの天気となりましたな」
馬車の窓に滴る雨粒にネヴィア聖神官が眉を顰める。
「雨が降りやすい時季ですからね。けど、霧雨ですし、すぐに止むと思いますよ」
天候を気にする聖神官を慰めながらオレも窓の外に目をやる。
もうすぐ帝都の外壁を抜け、帝都外縁地区に入るようだ。帝都の通りは馬車が走ることを前提に整備をされているので、乗っているオレ達も快適だったが、帝都外に出るとそうはいかない。
道は荒れているだろうし、この雨でぬかるみが出来ているかもしれない。
外壁の貴族門を抜けると案の定、馬車の速度が落ちる。
「帝都を出ましたぞ」
うん、わかってます、ネヴィア聖神官。
さっきから、何かあるごとに声に出してオレへと説明してくれる。
まるで、孫と一緒に初旅行をしている溺愛祖父さんそのものだ。
ああ、それで天気が気に入らないのか。
せっかくの孫との楽しい初旅行が雨天では、窓から見える景色もくすんで見えるというものだ。
「ネヴィア聖神官、雨の移動もなかなか楽しいですよ。いつもと違った景色が見れますし……」
「おお、そうですか。それなら、今日の天気もそれほど悪くないですな」
「はい、そう思います」
実際、これは本音だ。
よっぽど急いでる時でなければ、通常旅人は雨の日には移動しない。衣服や荷が濡れれば乾かすのに時間がかかるし、身体のために良くないからだ。
なので、こうして馬車に乗って雨の中を移動することなどめったにない経験なので窓から見える光景は新鮮と言えた。
え? 傭兵の時は雨中行軍しただろうって?
そんな記憶、思い出したくもない。
目的地に早く着くことだけを願いながら、ひたすら下を見て歩き続けるって、どんな罰ゲームかと思ったもんさ。
「聖神官、ハグバート教導騎士団長って、どんな方ですか?」
オレは嫌な思い出を払拭したくて話題を変える。
「ハグバート殿か……何と申して良いか……」
ネヴィア聖神官が返答に迷っている。
「何か問題でもある方なのですか?」
オレの偏見かもしれないが、神殿関係者は変な人物が多い気がする。
「いや、人柄的には素晴らしい騎士だと思います。普段は無口ですが、温和で頼れる人物でもあります。ただ……」
「ただ?」
「良くも悪くも教皇聖下に心酔しておりましてな。その行動が少し行き過ぎで……」
あっ、察した。
「了解しました。会う時には、くれぐれも言動に気を付けます」
「そうしていただければ助かります」
やっぱり、変な人じゃないか。
オレはひとり納得しながら、ふと窓の外を眺める。
ん? 何だろう、違和感が……。
「ヒュー!」
オレは馬車の近くを並走しているヒューを急いで呼び寄せた。
旧年中は大変お世話になりました。
皆様のおかげで何とか頑張れています!
どうか引き続き応援よろしくお願いします。
今年中には完結を目指したいと思っています(←希望的観測)