停戦……⑦
オレとの関係をこれまで通り続けることができるとわかったイクスは上機嫌で宿屋から立ち去って行った。
イクスの出て行った扉を目で追った後、オレはヒューに向き直る。
「で、ヒュー。イクスとの関係を維持する理由について説明してくれるかな? さっきは何か言いたそうだったし」
「そうですね、説明するのは構わないのですが、ここでは少し……」
周囲を見回してヒューは難色を示す。
宿屋の食堂は、外に出られず鬱憤の溜まった客達が飲んだくれて騒いでいるので、会話を聞かれる心配は少なかったが、美男美女のヒューとソフィアの存在はここでは目立ち過ぎた。
実際、何人かの酔客はこちらが気になるのか、ちらちらとオレたちのテーブルに視線を向けている。
え、オレ?
その辺は抜かりはない。
いつものフードを深めに被って素顔は見せないようにしていたから、不審人物に映っていたかもしれないが、注目は浴びていなかった。
毎度、厄介ごとが起きるので、さすがのオレも学習したのだ。
「そうか、ここでは話せない内容なんだ。それじゃ、パティオも心配してると思うし、神殿に戻ることにしようか。ソフィアもそれで良い?」
「はい、リデル様の仰せのままに」
久しぶりに神殿の外へ出たので、もう少し羽を伸ばしたいところだけど、ソフィアもオレもお尋ね者みたいな立場だから、長居は無用と言えた。
ヒューとソフィアにオレがいれば、たいていの荒事は何とかなると思うけど、周囲の人間に迷惑をかけるのは避けたい。
オレたちは飲み物を飲み干すと、すぐさま中央大神殿に戻りパティオに帰還を報告すると先ほどの話の続きを行うために談話室を借り受けた。
「今回のネヴィア聖神官の帝国への派遣についてなのですが、私なりに考えてみたのです」
談話室に落ち着いたところで、ヒューは口を開いた。
「私が思うに彼の目的は内戦の調停だけに、とどまらないものではないかと思うのです」
「……どうして、そう思ったんだ?」
オレは内心どきりとして聞き直す。
先日のパティオを交えたネヴィア聖神官との会談内容は、ことが重大だったため誰にも洩らしてはいけないとパティオに釘を刺されていた。
特に皇帝に退位を迫る件については、今後の政局に関わるデリケートな問題なだけに、それを匂わせる発言も禁止事項になっていたのだ。
オレの心の内の動揺を知らずにヒューは続けた。
「最初は私も、アルセムに影響力のあるネヴィア聖神官を派遣し、皇帝優位の内戦終結を図っているのだと思っていたのですが、しばらくするとどうも違うようだと感じ始めました。というのも、現在は緒戦に勝った皇帝側がかなり有利な状況にありますが、聖神官は調停を急ぐ素振りを見せていません。まるで敗れたライノニア側が体制を立て直すのを待っているかのようです」
さすがはヒューだ。
ネヴィア聖神官が裏で暗躍する一方、時間稼ぎをしていることに気付いている。皇帝側に力が有りすぎると、異端審問で退位を迫ろうとしても突っぱねられる公算が高いため、ライノニアが勢力を盛り返すのを見計らっているようなのだ。
「ですので、ネヴィア聖神官は逆に皇帝側に不利な条件を呑ませようとしているのではないかと推察した次第です……いえ、より直截的に言えば」
ヒューはオレの目を見ながら言った。
「おそらく、皇帝に退位を促すのではないか、と……」
オレは眼を逸らさず、感情を見せない表情で答える。
「…………、その理由は?」
「アリシア皇帝は、悪しき力に近過ぎます」
悪しき力……ヒューらしい表現だ。
確かにイオラート教にとってはゾルダート教もイクスの雇い主も悪しき存在と言ってよいだろう。皇帝の退位を促す条件としては申し分ない。
「ですが、あのアリシア皇帝です。素直に退位を受け入れるとは到底考えられません。なので、今後もう一波乱あるのは必至でしょう。そうなると、皇帝側のイクスとの協調関係をあそこで断ち切るのは得策ではありませんでした。再度、皇宮に侵入しクレイを救出する可能性も無いとは言えないからです」
「だから、イクスと手を切るのは早計だと言った訳か」
「ええ、そうです。あの場で言えなかった理由もそのためです。アリシア皇帝側にそのような動きがあると察知される訳にはいきませんから、イクスの前でそのような話は論外です。ただ、今まで述べてきたことは、あくまで私の推論に過ぎません。決して、そのような事実があるとは限りませんので……」
ヒューは自説を淡々と述べ、オレの同意を求めなかった。
もしかしたら、オレがその事実を知っていても秘密を漏らしたことにならないように気を配ってくれたのだ。
「それに、もしそのような事態になれば、近衛軍皇宮警備隊や皇帝義勇軍の存在も反故となる可能性もあります。そうなれば、彼女たちに協力を頼めるかもしれません。むろん、希望的観測に過ぎませんが、全く無いとは言えないことでしょう」
アリシアが強硬に退位を拒否すれば教皇に破門される可能性もある。
そうなるとイオラート教の神授を受けない皇帝が生まれることになり、帝国史上で例を見ない事態となる。
その場合、皇帝の立場がどうなるか帝国法に記載はない。それは近衛軍皇宮警備隊や皇帝義勇軍以前の問題と言えた。
「ヒュー、ありがとう。ヒューのおかげで今後の展開に希望が持てたよ」
「いえ、お恥ずかしい戯言です。あくまで可能性の問題に過ぎませんから」
とにかく、ヒューの進言でクレイ奪還計画が完全に潰えた訳ではないと知れて、オレは少しばかり元気が出てきた。
上手くいけば、当初の計画より成功値は高いかもしれない。
再度、計画を練り直そうとソフィアに話しかけていると、扉の外から神官がオレへの来客を告げてきた。
更新が遅くなって申し訳ありません。
しかも短めでごめんなさいです。
ちょっとスランプ状態みたいです(>_<)
いろいろなことが上手くいかない時ってありますよねw
気楽に頑張ります♪