停戦……⑤
◇◆◇◆
あれから数日経ったが、ネヴィア聖神官は毎日忙しくしているらしく、同じ神殿にいながら再度会うことは無かった。
まあ、本来なら気軽に会える地位の方では無いので当然と言えば当然か。
会食時に聞いたパティオの話では神殿を拠点に裏でいろいろと暗躍しているようで、人の好いお爺さんに見えたが、やはりなかなか喰えない人物らしい。
教皇庁の聖神官なら当たり前なのだろうけど。
それとパティオがあの面談でネヴィア聖神官に、ずけずけと本音を言った理由は当初の聖神官候補の本命がパティオでなかったことを知っていたからなんだそうだ。
実のところ、次の聖神官は北方大神殿のルータミナで、ほぼ決定していたのだとか。ルータミナはウェステリオ海軍司令の娘で貴族の娘なので、市民出身のパティオが聖神官になれる可能性は、ほとんど無いに等しかった。
それが、アリスリーゼ及び北方大神殿がアリシア皇帝に反旗を翻したので、ご破算となってしまい、次点のパティオにお鉢が回ってきたのだそうだ。
そこのところに思うところがあったらしく、パティオの本音発言につながった訳だ。まさに、教皇に迎合しないパティオらしい振る舞いと言えた。
とにかく、パティオの問題はさておき、ネヴィア聖神官が忙しく動いているということは、調停の前準備が進んでいる訳で、オレとしてもクレイ奪還計画を急ぐ必要があった。
イクスの連絡は未だに無いけど、もうそろそろ限界に近い。
実行日を停戦協議の会談日に決定し、その準備を進めていたある日、ソフィアが青い顔をして中央大神殿に戻って来た。
「リデル様……」
「どうしたの、ソフィア。顔色、悪いよ」
「イクスさんと会いました」
「イクスと? やっと連絡が来たか」
ようやく奴と連絡が取れるかと思いながらも、ソフィアがどうして顔色を悪くしているのか理由を聞く。
「それが……」
どうやら、情報を得るために細心の注意を払って物陰に身を隠し、聞き耳を立てている状況で、いきなり肩をぽんと叩かれたようだ。
「並みの人間には絶対に気取られぬ自信がありましたので、不意の出来事に思わず声を上げそうになったのを、ぐっと堪えました」
思い出しただけで身震いするようで、よっぽど驚いたようだ。
イクスの奴、絶対わざとやったな。
得意満面の奴の顔が浮かぶ。
「リデル様、本当にあの人いったい何なんです?」
ソフィアにしては珍しく感情を露わにして怒っていた。
怒り顔のソフィアも可愛いなと思いながらも、ソフィアを宥める。
「イクスはそういう奴さ。いちいち気にしてたらキリがないよ。おかしい奴だと思って諦めるしかないと思う」
「それはそうですが……」
「それより、奴はなんて?」
「……はい、得た情報を伝えたいのでお会いしたいのことです」
「わかった、今すぐなの?」
「ご案内します」
オレはパティオに許可を得てヒューを伴って神殿を出た。
◇
「やあ、久しぶりだね、僕の愛しい人。会えて嬉しいよ。君に会えない日々は僕にとって、明るいお日様が見えない雨の毎日のようさ」
久しぶりに会ったイクスは大袈裟な身振りで歯の浮くような台詞を吐く。
「オレとしては、お前に会ったせいで、どんよりとした曇りの日のような気分だけどな」
「曇りの日もいいよね。暑くないし、日焼けしなくてさ」
ああ言えば、こう言う……相変わらず口が減らない奴だ。
帝都で戦闘が休止しているとはいえ、市民活動は再開していない。
イクスが会合場所に指定して来たのは、半ば戸が閉じかかっている宿屋兼酒場だ。逃げ遅れた旅人が泊っているらしく、中に入るとそれなりに客もいた。
「お前の減らず口はいいいから、早く情報を教えろ。こっちは時間があまり無いんだ」
「まあまあ、そんなに急かさないでよ。こうして、せっかく久しぶりに会えたんだから、再会の祝杯をだね……わ、わかった。落ち着こう。まずはその酒瓶をテーブルに戻してよ」
「分かればいい。勿体付けずに早く言え」
「相変わらず短気だね、嫌われるよ?」
「お前に嫌われるなら、本望だ」
「まったく……でも、そこが良いんだけどね」
そう言いながらイクスは片目を瞑って見せる。
ぶるっ……寒気がした。
「と、とにかくイクスさん。話が進みません。リデル様を揶揄いたい気持ちはよくわかりますが、今は後にしてください」
横合いからソフィアが見かねて割り込んでくる。
「私もソフィアさんと同意見ですね」
ヒューもイクスに厳しい視線を送りながら同意する。
ちょっと、待て。
っていうか、ソフィアもヒューもオレを揶揄いたいのか?
何でだ?
「そうだね、そういうのは二人だけの時に取っておくよ……で、結論から先に言うとね」
イクスは気持ちの悪いことを口にしながら、声を潜めて言った。
「皇宮に侵入してクレイ君を奪回するのは極めて難しい……って言えるかな」
「どういう意味だ、それは?」
オレは真顔になってイクスを問い詰める。
「言った通りの意味だよ」
「何が言った通りだ。お前が言ったんだぞ、内戦中ならゾルダートの導師もいないから皇宮に侵入するのは容易いって……」
「状況が変わったんだ」
「状況が変わった?」
イクスの言葉にオレは訝し気に聞き直す。
「そう……しばらく僕がいない間に皇宮の警備が強化されていたんだ」
「警備の強化……ですか?」
イクスの台詞に思い当たることがあるのかヒューが口を挟む。
「もしかして『皇帝義勇軍』のことですか?」
ヒューが聞きなれない単語を口にした。
「『皇帝義勇軍』って?」
「皇帝の下に集まった義勇兵と言えば聞こえは良いですが、バール商会が雇った傭兵団のことです」
「ちぇっ……そう、それのことだよ」
イクスが忌々しそうにヒューを睨みながら肯定する。
どうやら自分が伝えたかったのを横取りされて不満らしい。
「皇帝の私設傭兵団で、がっちり皇宮を警備しているのさ。その上、近衛軍の皇宮警備隊も増設されていて、あれじゃ前より厳重で迂闊に侵入出来ないよ」
両手で、お手上げという仕草をイクスはして見せた。
少数の怪異を使う導師より、正攻法の警備兵が多くいる方がかえって厄介なのかもしれない。
これはクレイ奪還計画を根本から見直す必要があるようだ。
「ちなみに『皇帝義勇軍』の中核を成す傭兵団は『アルサノーク傭兵団』ってとこで団長は確か『ネフィリカ』とか言ったかな……それと近衛軍皇宮警備隊の隊長は『オーリエ』って聞いたような……」
「『ネフィリカ』と『オーリエ』だって?」
懐かしい名を耳にして、オレは絶句した。
今回はちょっと長めでしたw
一応、着実に終わりに近づいてると思ってます(←たぶん)
ただ、3月には終わらない気がしてきました(>_<)
む、無理せず頑張ります!
コロナ禍が全国的に広がっているようです。
皆様も十分お気を付けください。
また、罹患なさった方は一刻も早く快癒されることをお祈り申し上げます。
では、また来週お会いしましょう♪