停戦……④
そ、そうか……!
ネヴィア聖神官なら、停戦の鍵となるアルセム王国の動向を左右できるってことか。
でも、それってどちらかと言えば、皇帝側に有利に話が運ぶんじゃ……。
「教皇聖下は皇帝側に肩入れするお積りなのですか?」
パティオがオレの聞きたかったことを尋ねる。
「ええ、貴女の言う通りと言って良いでしょう。教皇聖下は一刻も早い帝国の安定をお望みです。そのためにはアルセムを撤兵させライノニアの力を削げば、停戦どころか内戦は、すぐにでも終結するでしょう。本来はその腹積もりで私が派遣されました……当初の予定で行けば」
「当初の予定……ではいかなくなった?」
「ええ、そうです。複数の情報筋から貴方が話された『皇帝陛下に関する由々しき噂』が私の耳に届いているのです。これが意味することがわかりますね」
「帝国正教であるイオラート教を皇帝陛下が信奉していない。それどころか邪教を信奉している……事実であれば破門となってもおかしくない、そういうことですか?」
「帝国が安定するのには『皇帝』が必要不可欠です。しかしながら、破門される皇帝であるなら、皇帝不在の2公国制の方がまだ良かったぐらいです」
ネヴィアはパティオの問いをはぐらかすように答えた。
「アリシア皇帝には内戦の責を取って退位していただき、前の状態に戻るというのも一つの方策でしょう。これなら、ライノニアも停戦の合意を受け入れやすくなるかもしれません」
「もし、アリシア皇帝が事実を認めず、退位を拒否したら?」
オレは思わず、口を開く。
あのプライドの高いガートルードが退位を受け入れるとは到底、思えなかった。
「大陸全土の……いや全世界のイオラート教徒を敵に回すことになります」
こ、怖っ……やっぱり宗教は怖いよ。
ケルヴィンは帝国での神殿の影響力を抑えたいと言ってたから、もしオレが皇帝になっていても、教皇庁との軋轢は避けられなかったかも。
そう考えると、皇帝にならなくて良かったと思えないこともない。
「それで、先ほど厄介な問題と仰られたのですね」
「ええ、そう言うことです。どちらに転んでも問題は山積みですからね。まあ、全て丸く収まる方策がないこともないのですが……」
えっ、そんな都合の良い方法があるの?
「アリシア陛下が邪教を捨て、正しい道に立ち戻れば良いのです。そうすれば当初の予定通り進みます」
「確かに、それなら問題はないですね」
パティオが頷いて同意する。
いや、問題は大ありだ。
イクスの話からも黒幕は奴の主で、ガートルードはその思惑で動いているようにも思える。
だから、ゾルダート教を皇帝の周りから排除するのは至難の業だと思う。
「とにかく、私に与えられた課題は双方が停戦を不満なく受け入れ、無難に戦争を終結させることにあるわけです」
難問でしょう、とネヴィア聖神官は冗談めいて笑った。
全く笑い事じゃない。
ホント、ご愁傷様としか言いようがない。
さて、ネヴィア聖神官のことは置いといて、今の話から今後のオレ達の行動について考えなくちゃいけない。
拉致されたクレイを救出するために皇宮へ侵入しようとしているオレ達にとって、戦争で手薄になっている今の状況は絶好の機会と言えた。
もし万が一、ネヴィア聖神官の調停が上手くいったとしたら(上手くいくとは思えないけど)、皇宮の混乱は収まってしまうに違いない。
となると、停戦が合意する前に計画を実行する必要がある。イクスの連絡を待たずに、計画を早めないといけないかもしれない。
「ちなみにネヴィア様。停戦会議はどこで開かれる予定なんですか? まさか皇宮とかじゃないですよね」
もしそうなら、警備は逆に厳重になり、侵入は不可能になってしまう。
「皇帝側の要望はそうでしたが、反皇帝側から拒絶されました。まあ、当然でしょう。また、中央大神殿でという案もありましたが、双方から難色を示され、帝都郊外にある小神殿で行うことになりました」
ふむ、ということはガートルードはその場合、一時的に皇宮から離れるってことか。
多くの護衛やイクスの妹も随行するなら、警備レベルは大幅に落ちる。
そこがクレイ奪還の最大のチャンスと言えなくもないか。
「リデルさん、それがどうかしましたか?」
奪還計画に想いを馳せ、黙り込んだオレにネヴィア聖神官は心配げに声をかける。
「いえ、何でもないです。ちょっと考え事を……」
あ、そうだ。
大事なこと思い出した。
そう言えば、この人もアルセム王国出身だったよな。
「あの……今度はオレの方から一つ質問しても良いですか?」
「ええ、構いませんよ。私でわかることなら、なんなりと」
「では、お言葉に甘えて……あの、アデル・フォルテって人、御存じありませんか? アルセム王国出身で、もしかしたら騎士だったかもしれない人なんですが……」
「アデル・フォルテ…………いえ、残念ながら存じ上げませんね」
知らないとネヴィアさんは言ったけど、その名を聞いて一瞬、目を見開いたのをオレは見逃さなかった。
「参考までに、その人物はリデルさんにとって、どのようなご関係なのですか?」
「オレの爺さん、いえ祖父になります」
「お祖父さまですか」
ネヴィア聖神官は考え込むような表情になる。
「ネヴィア様?」
パティオが訝し気な顔で尋ねると聖神官はにこりと表情を変えると立ち上がった。
「すみません、パティオ大神官、リデルさん。急用を思い出したので失礼させていただきますね」
そう言うとネヴィア聖神官は一礼して、取り付く島も与えず立ち去って行った。
「急にどうしたのでしょう?」
「さあ、何だろうね」
パティオの問いかけにオレは気もそぞろに答えた。
ネヴィア聖神官はアデル……オレの爺ちゃんのことを知っている。
そうオレは確信した。
では、何故それを隠したんだ?
オレの頭の中に答えの出ない疑問が膨れ上がった。
この時期なのに、暖かい(暑い?)日が続きましたね。
来週は寒くなりそうなので、体調管理には気を付けたいです。
また、コロナ禍も拡大の一途をたどっていて、だんだん身近に迫ってきた感じがします。
怖いですね(>_<)
あと、11月も半ばを過ぎ、今年もあと少しだなんて信じられない気分です。
年内も頑張りますので、よろしくお願いします。(←気が早い)