停戦……①
会合の席は、オレが刻血の儀を行った『天帝の間』にほど近い中央大神殿の最奥にある貴賓室に設けられた。白で統一された部屋は広く、調度品も立派だし、オレが座っている椅子もふかふかだ。
皇女時代を経験してもなお、こういう高級感のある場には馴れないでいる。いったいいくら掛かってるのかな、などと庶民的な思いを巡らしながら、オレはパティオの横に座っていた。
結局、オレの肩書は偽皇女で傭兵のまんまだ。
それでいいの? とパティオに何度も聞いたけど、構わないと言う。
理由を尋ねると、オレの参加に関しては実のところ相手方つまりネヴィア聖神官からの要望なのだそうだ。
一瞬、皇女を名乗ったことに対しての断罪でもあるのかと危惧したけど、パティオによるとそうではないらしい。
なんでも向こうさんから「ぜひ、お会いしたい」と言ってきたとのこと。詳細はパティオにも不明だが、少なくとも友好的な態度だったので、心配しなくても良いでしょうと気休めを言ってくれる。
いやいや、全然安心できないって。
皇女を名乗るなんて、神を恐れぬ行為に間違いないでしょ。
絶対、教皇側が好意的に感じているとは思えないから。
そもそも、オレが中央大神殿にいるのを報告したのはパティオだったって聞いたぞ。
なんで、そんな藪蛇になるようなことしたのかなぁ。
全く、意味がわからない。
「どうかしましたか、リデル様」
オレがパティオに無言で文句を言っていると、彼女は不思議そうに首を傾げる。
「いや、別に何でもないよ…………ただ、納得してないだけ」
「あら、不服でしたか?」
「そ、そうじゃないけど、ここにオレがいる理由がわからない」
オレが憮然とした顔をすると、パティオは悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「言っていませんでしたか。ネヴィア聖神官は貴女のお父上が皇帝だった頃、後ろ盾として親しい関係だったと」
「え? そんな話、聞いてな……」
「一同様、ネヴィア聖神官が参られました」
オレの台詞を遮るように先触れが聖神官の到着を告げた。
「教皇領西方管区長ネヴィア・ラサビュートと申します。パティオ大神官、お会いできて嬉しく思いますよ」
「こちらこそ、お初にお目もじ仕ります、ネヴィア聖神官様。中央大神殿長パティオと申します。どうぞよしなに、よろしくお願いします」
ネヴィアという名から勝手に女性かと思っていたら、ネヴィア聖神官は優しそうな白髭のお爺さんだった。若いころは、さぞかし女性にもてただろうと想像される風貌をしていた。
はて、どこかで会ったような既視感に囚われるが、たぶん気のせいだろう。
どことなく雰囲気が、帝国参事会や血統裁判で会った前尚書令のラーデガルトを彷彿させた。あちらも食えない爺さんだったが、この人も教皇領の上層部に名を連ねる人物だ、一筋縄ではいかない人物に違いない。
ネヴィアとパティオの会談は和やかに進み、オレは手持ち無沙汰を感じながら黙って座っていた。
が、話の間が空いた折にネヴィア聖神官が不意に視線をオレに向ける。
「パティオ殿、先ほどから気になっていたのですが、そちらに居られるのが例の御方でしょうか?」
「はい、リデル様でいらっしゃいます……リデル様、ネヴィア聖神官にご挨拶を」
「初めましてネヴィア聖神官様、リデル・フォルテです。以後、よろしくお願いします」
「ほお、しっかり挨拶できるのですな、感心感心」
いや、普通に挨拶ぐらいできるって、子供じゃないんだから。
それとも、挨拶できないくらいの無頼者とでも思われていたのだろうか?
どちらにしても馬鹿にされてる感が否めない。
「いやいや失礼。決して見下した訳ではないので許してくだされ」
いかん、顔に出てたか?
「いえ、こちらこそすみません」
ネヴィア聖神官が笑いながら謝ってきたので慌てて頭を下げる。
「いや、謝るのはこちらの方ですよ、リデルさん。どうかお許し願いたい。そうだ、お詫びの印に教皇領から持参したお菓子を進ぜましょう」
何だ、この爺さん。やけに慣れ慣れしいぞ。
もしかして、小さい子が好きとか、そっち系の趣味の人じゃないだろうな
オレが疑惑の目を向けると、ネヴィアは吹き出して破顔する。
「いやあ、思った通りの御方ですな。実に面白い、レリオネラのお気に入りになる訳だ」
レリオネラ……?
それってアリスリーゼにいるレリオネラ皇太后のこと?
オレが疑問符を頭に乗っけているとパティオが耳打ちしてくれる。
「ネヴィア聖神官は現アルセム国王の弟君でレリオネラ様の実のお兄様です」
へ? 元王族でレリオネラの兄さん?
そう言えば、高位神官は貴族の出が多いって言ってたっけ。
「レリオネラは、君の可愛らしさを何度も長文の手紙で送ってきていてね。神殿にいると聞いて会えるのを、とても楽しみにしていたんだ」
それで「ぜひに」という要望だったんだ、心配して損した。
「あの……お祖母様、いえレリオネラ様にはアリスリーゼで大変よくしていただきました。なのに、こんなことになってしまって、申し訳ありません」
せっかく気に入っていただいたのに、オレはもう皇女でなくなってしまった。
オレは申し訳なくて自然と頭が下がる。
「いやいや、その件は君に非があるわけじゃないので、気にする必要はない。それにレリオネラは未だ君が本当の皇女と信じているよ」
「レリオネラ様が……?」
「そして、私にとって君は友人の娘だ。粗略に扱うことなど決してないさ」
体調が絶不調です(>_<)
今日の更新は間に合わないかと思いましたが、新キャラのおかげで
何とかなりました。
え? また新キャラ。覚えられないよ……ごもっともです。
大変、申し訳ありません(^_-)-☆。