膠着……⑧
パティオが聖神官に?
先ほど聞いた話の通りなら、帝国の神殿部門の長である聖神官を決める手順は、イオラ―ト教の頂点にいる教皇が候補者を推薦し、皇帝が任命する流れだ。つまり、皇帝不在で長らく空位だった聖神官の役職が、アリシア皇帝の即位により新しい聖神官を任ずることが可能になったという訳だ。
さしずめ、教皇領から来る使者は面接官で、パティオはそれを受ける聖神官候補者ということになる。
「パティオ、聖神官なんてすごい出世じゃないか、おめでとう!」
「まだ決まったわけではありませんし、それほど良い事とも言えませんよ」
「え、何で? 帝国の宗教界のてっぺんじゃないか。嬉しくないの?」
「評価されるのは確かに嬉しいですが、役職の重さとそれに付随する様々な事で、正直気が滅入ります」
「今だって実質、帝国の神殿部門を動かしているんだから、あんまり変わらないんじゃないの?」
他の神殿より上位とみなされる中央大神殿の長であるパティオが聖神官に就くのは順当と思われたし、立場は今とたいして違わない気もする。
けれど、困り顔のパティオからすると大きく違うらしい。
「大神官は自分が統括する大神殿とその管轄地域のことだけを考えていれば良いのですが、聖神官ではそうはいきません。帝国全土の神殿を掌握し、差配しなければならないのです」
パティオは深刻そうに言うけど、果たしてそうだろうか。
帝国参事会で会った『蜥蜴神官』(オレが命名)ことニ―ルアン前聖神官の顔を思い出すと、とてもそんな仕事熱心のようには思えなかったけど。と言うより、面倒ごとは全部部下に任せて成果だけ自分の物にしそうな人物に見えたし、人望も無さそうだった。
「それに、教皇の御意思を絶対的に尊重しなければならなくなります。私が前任者のように上手に立ちまわることは到底、無理というものです」
その言はパティオが今まで教皇や前聖神官の意向に従ってこなかった過去を吐露したに等しい。
確かに、パティオって口ではクールぶって見せてるけど、教皇や上層部の思惑より、信徒のことを優先に考えて熱血しそうだもんね。
関係が上手くいっていたとは、とても思えない。
「失礼を承知で逆にお尋ねしますが、リデル様は皇女という地位に就いたとき、嬉しかったでしょうか?」
「え、オレ?」
パティオにじっと見つめられ、ちょっと考えてみる。
「…………嬉しくは、無かったかな。いや、むしろ責任のことを考えると気が重かった」
「私の気持ちも同じです」
パティオの返答には心から同意するけど、オレの場合はまさに青天の霹靂だったのに比べ、パティオの場合は立場上、想定の範囲内のようにも思えた。
「でも、パティオの今の役職なら、遅かれ早かれ聖神官になる可能性は高かったんじゃないの? それに帝国の神殿改革を行うつもりだったら、願ってもない昇進のようにも思えるけど」
「いえ、私としましては聖神官になるつもりは毛頭ありませんでしたし、なれるとも思っていませんでした」
「どうして、パティオ優秀なのに」
オレの率直な賞賛にパティオは微笑んで答える。
「リデル様にそう評価いただいて嬉しく思いますが、残念ながら私には政治力がありません」
「政治力?」
言ってる意味が今一つわからない。
「イオラ―ト教内での影響力……ありていに言えば血筋や教皇庁との繋がりが無いのです」
教皇庁というのは教皇領にある教皇を支える組織の総称だけど、実質上は教皇領の行政機関と言っていい。また、大陸全土の宗教組織を束ねる中央官庁でもある。
「私が平民の出であることはユク様よりお聞きになっておられると思います。出自が平民の者が聖神官になったことは過去に一度もありません。それどころか神殿の上層部は総じて貴族もしくは高位神官の出身の者たちなのです。平民で大神官の役職に就いた私はまさに異例の大出世を遂げたと言って良いでしょう」
宗教界も出自が物をいう世界だったのか。
そういや、北方大神殿の大神官のルータミナのお父さんであるノーマン海軍司令長官も帝国貴族だったっけ……海賊の親玉にしか見えなかったけど。
「そもそも、帝国がこのような状況でなければ正神官でさえ難しかったかもしれません。なので、皇女時代のリデル様に大神官に任じていただいたこと、今でも恩義に感じているのですよ」
パティオがそんなことに恩を感じてくれているなんて、全然知らなかった。
オレに良くしてくれる理由の一端がわかった気がする。
もっとも、あれはオレの発案ではなく、ケルヴィンが自分自身とデイブレイクの役職を上げるに当たってバランスを取るためにパティオを昇進させただけというのが真実だ。
もちろん、聡明なパティオのことだから、その真意は当に見抜いていると思うけれど、それでも恩義に感じてくれているようなので、ちょっと照れくさい。
「……わかった。パティオとしては聖神官への登用について、前例が無いので戸惑っているし、役職の重さに不安も感じてるってことだよね」
「はい、リデル様の仰せの通りです」
「そこまでは理解できたけど、何でその大事な席にオレが立ち会う必要があるんだ?」
さっきパティオはオレの予定として、ネヴィア聖神官との会合を挙げた。つまり、オレがその会にに参加することは決定事項な訳だ。
「皇女時代ならまだしも、一介の傭兵に過ぎない今のオレが聖神官と言葉を交わすなんて不釣り合いも甚だしいよ」
正直、パティオの真意が掴めなかった。
今回は短めです。
それとすみません、前回を少し修正しました。
暑苦しい一団とヒューの退出を書き忘れていましたので……。
急に寒くなったので、冬布団と毛布を早々出して、ぬくぬくしています。
布団の誘惑に抗えない私ですw