膠着……⑥
「隊長!」
「ドイル殿!」
騎士団の同僚たちから悲鳴の声が上がる。
オレの強烈な一撃で吹き飛んだドイルは転がりながら2、3回バウンドした後、金属の擦れる擦過音を立てて、ようやく止まった。金属鎧の腹部分は無残にひしゃげ、留め具が引きちぎれた肩や腕の装甲が欠損するなど惨憺たる有様だ。
ごめん、パティオ。ちゃんと手加減したから人死には出ないと思うけど、高価な金属鎧は
ガラクタになったみたい。
「うぐぐっ……」
くぐもった声で呻くドイルは動けない様子だが、どうやら意識はあるようだ。
あの状況で、とっさに頭を庇って少しでもダメージを減じようとしたのは、さすが神殿騎士団の隊長というべきところか。
「で、次は誰が挑んで来るんだ?」
オレは動揺から立ち直れない騎士団員たちに視線を移して、にこりと微笑んでやる。
オレの言葉に彼らはびくりと反応し、お互いの顔を見合わせた。
ここでダメ押しすれば、おそらく手合わせ終了かな。
「では、次は僕が……」
「いや、私が出よう」
「待て待て、次は私が……」
意外にも、騎士団員達はすぐに気を取り直すと、次々に自分が戦うと名乗り上げた。
へえ、さすがは神殿騎士団。
今までの相手なら、さっきの一撃で恐れをなして戦意を喪失するのが普通なのに、まだ立ち向かおうとするなんて、恐れ知らずというか馬鹿というか……うん、でもちょっと嬉しいかも。
「わかった、みんな相手してやるよ。けど、一人ひとりじゃ、まだるこっしいから、全員一斉にかかって来てよ」
「いや、それはさすがに……」
「うむ、大勢で一人の少女に挑みかかるというのは」
「騎士道精神にもとる行為でしょう」
オレの提案に騎士団員は口々に異を唱える。
みんな真面目だねぇ。神殿騎士らしいって言えるけど。
でも、正々堂々なのは良いけど、一対一だと実力差がありすぎて修練にならないんだよね、本音として。
「……その娘の言う通りにするのがよいと思う」
不意にオレの提案に賛同する声がした。
声の主の方に目をやると、やっとの思いで上体を起こしたドイル隊長が口の端から血を垂らしながら、団員たちに向かって意見を述べる。
「隊長、大丈夫ですか?」
「益体もない、気にするな。それよりも申し出を受けるべきだ。このような強者と手合わせできる機会など、騎士人生においても、そうはない」
あれあれ? オレが強者だなんて、ドイル隊長さん頭の打ちどころが悪かったのかな。
それとも、案外いい人なのかも。
「はっ、隊長がそう仰せなら……皆、連携して戦うぞ」
「おお――!」
ドイルの言葉に士気が上がった騎士団の面々は、ガチャガチャと鎧の音を立てながらオレを取り込んだ。
手合わせ第三幕が切って落とされた。
◇◆◇◆◇◆
「はあはあ……こんなところかな」
オレは、さすがに息を切らしながら、辺りを見回す。
オレを中心に神殿騎士団全員があちらこちらに地面へと寝そべっていた。
死屍累々といった惨状だが、ちゃんと手加減したので、重傷を負ったり死んだ者はいない。
うん、けど正直ちょっとびっくりした。
一人ひとりの戦闘力はルマの無差別級出場者のレベルよりは劣るが、熟練傭兵並みに強い連中が高い練度で連携攻撃してくるのだから、なかなかに骨が折れる一戦だったのだ。
まあ、それでも誰一人オレにかすり傷一つを負わせた者はいなかったのだけれど。
「お見事です、リデル様」
部下たちとオレの戦いを見守っていたドイル隊長が、心底感心したように賞賛の声を上げた。
え? リデル様?
オレに対する待遇が『偽皇女』呼ばわりから、いきなり『様付け』に爆上がりしたようだ。
「いや、ドイル隊長。君たち神殿騎士団もなかなかやるね。久しぶりにに手ごたえを感じたよ。侮って悪かったね」
「いえいえ、ご謙遜を。精鋭である我が隊全員で挑んで誰一人リデル様に手傷を負わせられなかったのですから……まさに鬼神の強さでしたな」
オレがドイルの部下たち騎士団員を褒めると、ドイルは相好を崩しながらも冷静に手合わせの結果を評価する。
「ヒュー殿が自分を超える剣才と言わしめたのも頷けます。とても勉強になりました……ええい、騎士団の諸君! いつまでヘタレているのだ。居住まいを正したまえ」
ドイルの喝を入れる言葉に、騎士団員たちは無理やり姿勢を正した。
「リデル様、我々中央大神殿騎士団ドイル隊は貴女様の類まれな武威に敬意を表し、今後も貴女様に助力を惜しまないことを約束しましょう……皆も異論無いな?」
「ドイル隊長の御言葉の通り」
騎士団員たちも一斉に同意の言葉を発した。
オレは意外な成り行きに面食らったが、こういう愛すべき脳筋たちは嫌いじゃない。
なので、ちょっと照れながらも、
「うん。こっちこそ、よろしくね」
と、にこりと笑って見せた。
「で、結局あれでヒューの思惑通りに進んだの?」
「ええ、概ね予定通りでしたね」
オレの問いにヒューは悪びれもせずに答える。
「ふうん。ずいぶん、けしかけるなぁと思ったけど、神殿騎士団と一戦交えて欲しかったんだ?」
「ええ、ドイル隊長とは何度か話しましたが、パティオ大神官のリデルに対する扱いに不満を漏らしていましたからね。早急に何らかの手を打つべきと感じました」
「それで、手合わせか」
「はい、ああいう方々には拳に訴えるのが一番の早道と考えまして。まさか、ここまで好転するとは思いませんでしたが……」
「別に無理しなくても、嫌われたままでも良かったのに……最悪、大神殿から出ていけば良かったんだし」
「リデル、大神殿の協力は大事ですよ。それに結果的に上手くいったのですから、善しとしましょう」
「それはそうだけど……」
オレが渋々、納得するとヒューは小さな声でぼそりと呟く。
「私が個人的に許せなかったんですよ。彼らがリデルを侮っていることに……」
「ん? ヒュー、何か言った?」
「いえ、何も……」
ヒューは優しい笑みを浮かべ、はぐらかした。
急に気温が下がったせいか、少し体調を崩しています。
今日は一日ゆっくりするつもりです(>_<)
皆様も体調にお気を付けくださいね。