膠着……⑤
「ふんっ、大きく出たな。その大口、後で後悔しても知らんぞ」
ドイルは鼻で笑って余裕を見せる。
「同じセリフを返すよ、せいぜい、オレの肩慣らしぐらいにはなって欲しいな」
「貴様!」
いいね、売り言葉に買い言葉って。
テンションが爆上がりになる。
「まあ、いい。諸君、この偽皇女様は、お里の知れぬ元傭兵風情でそれなりに腕に覚えがあるらしい。我々と、ごろつきの格の違いを見せつけてやろうではないか」
「そっちこそ、格の違いに落ち込んだりするなよ」
「どうやら、口だけは達者なようだ。前回はパティオ様に止められて許してやったが、今回は捨て置けん。覚悟するのだな」※注 第128話「麗しき聖職者とオレ 前編」参照
え~と、そんなことあったっけ?
全然、覚えてない。
「御託はいいから、さっさとやろうぜ」
オレは挑発の言葉で慌てて誤魔化した。
「では、アタンソ君。不本意だろうが君から相手をしてやってくれ。もっとも、相手次第では君で終わりとなりかねないがね」
「了解です、ドイル隊長。神殿騎士団の格の違いを、この身の程知らずに教えてやりますよ」
そう言うと、一団の中でもとりわけ若い男がオレの前に進み出た。
オレと幾つも違わないように見える年齢で騎士ということは、よほど腕が立つか貴族や高位神官の子弟のどちらかだろう。
「さてと……」
オレは目の前に立つアタンソ君とやらを、じっくり見直す。
装備は全身金属鎧に両手剣という神殿騎士団統一のもので、かなりの重装備だ。馬上戦闘以外で盾を持たないのは、防御は良質な鎧に任せ、両手剣による打撃力を重視した神殿騎士特有の戦い方らしい。
事実、実戦でも金属鎧を剣で貫くのは難しく、可動部分や防具の無い部位を攻撃するのが一般的だ。また、両手剣の強打撃も貧弱な防具など簡単に粉砕してしまうので、神殿騎士団の一団と戦場で出くわしたら、逃げるのが得策というのが傭兵の間で定説となっている。
もっとも、魔剣テリオネシスにオレの膂力が加味されると、その強固な金属鎧すら両断できてしまうのだけど。
まあ、今回は軽い手合わせなので、そんな化け物じみた切れ味を見せるのは当然、禁止だ。
「どうした抜かないのか?」
オレが剣も抜かずに相手をしげしげと見ていたものだから、アタンソ君は不審げな様子で問いかけてくる。
「あ、ごめん、ごめん。ぼんやりしていて。いつ、掛かってきても大丈夫だよ」
その言葉を侮りと感じたアタンソ君は顔を真っ赤にして叫んだ。
「馬鹿にするな、早く抜け!」
「いいよ、このままで」
ちょっと見れば技量はわかる。アタンソ君は……君はその他Aだ。
「どうやら、その女に騎士道は通じぬようだ、アタンソ君。抜かぬなら、そのまま痛い目を見せてやりたまえ」
迷っていたアタンソ君にドイルが声をかけると、彼は剣を握りしめ突進してくる。
意外かもしれないが、全身金属鎧は思っている以上に俊敏に動けるものだ。軽量化の工夫がされているし、可動域も広いので動きやすい。
防御も強固な鎧に頼るので大きな回避が必要ない分、攻撃に集中できる。むしろ、重量による疲労より、発汗による脱水症状の方が危険視されているほどだ。
けど、その戦闘スタイル故、攻撃は単調で読みやすい。
オレは突進してくるアタンソ君をひょいと横に避けると、振り向きざまに彼の防具の無い両足の膝裏に足蹴りを叩き込んだ。
「な、何い!?」
アタンソ君は足を前に投げ出す格好で背中から後ろへひっくり返ると、後頭部を強打しそのまま昏倒した。
ほんの一瞬の出来事だ。
「アタンソ!」
ドイルが驚愕しながら、アタンソに呼びかけるが彼はピクリとも動かない。自慢の装甲も、さすがに頭から落ちると効果が発揮できないようだ。
「さて、次はだれの番?」
オレがにっこり微笑むと、意外な成り行きに神殿騎士達はざわつき始める。
まあ、そうだろう。
いくら防具の無いところを狙ったとはいえ、かなりの重量の騎士を一撃で蹴り倒したのだから動揺するのも無理もない。
「つ、次は私が……」
アタンソ君より少し年上そうな騎士が名乗りを上げようとするが、ドイルがそれを遮る。
「待ちたまえ、私が相手をしよう。この女、少しはやるようだ」
へえ、いきなり隊長が出てくるのか。ま、その方が話が早くて助かるけど。
ドイルが剣を構え、間合いを開けてオレの正面に立つと、オレもテリオネシスの剣をするりと抜いた。
師匠との修練で、短時間なら両手を硬化させて剣を弾く技を習得したので、剣を抜かなくても戦えそうだったけど、さすがに人間離れし過ぎてるので、今回は自重だ。
「では、行くぞ!」
ドイルは、オレのほんの少しの動きにも注意を払いながら、摺り足で歩を進めて来る。剣の先端がふるふると動き、臨機応変に即応できることを示していた。
オレは、その慎重さに反比例するように、すたすたと間合いを詰める。
「はぁぁぁ――――っ!」
ドイルの剣の間合いに入った刹那、彼はその剛剣を放った。彼の動きが見えていたオレは、あえて紙一重で避ける。
「そりゃそりゃそりゃ――――!」
ドイルはすぐに剣を戻すと連続で攻撃を繰り返す。オレは、それをことごとく避けて見せた。
やはり、神殿騎士の攻撃は直線的で単調だ。
オレぐらい敏捷力が高ければ、避けるのは容易い。
けど、その代わり打撃にはとんでもない威力があり、当たれば今のオレでも吹っ飛ぶだろう(傷を負うかは別問題)。
また、両手剣は攻防一体の剣なので、これだけ攻撃に偏重すれば防御は疎かになる。事実、狙おうと思えばいつでも相手の身体に剣を当てることが出来ただろう。
でも、本来はこの戦い方が正しいのだ。
金属鎧を着込んでいるので通常剣の斬撃は通らないし、そもそも両手剣の連続攻撃を避けるため防戦一方になり、反撃すら儘ならなくなる。時には鎧ごと相手に体当たりを食らわせ、態勢を崩し勝機を見出す。
どれも神殿騎士の装備を有効に使う戦闘スタイルとして理にかなっている。
だから、ドイルの選択は間違っていない。
ただ、それは本来であれば……だ。
ここに、力ならドラゴンにも負けないという馬鹿げた規格外がいたりする。
それが彼の不運だ。
「さんざん煽って、ごめん。でないと本気にならないと思ってさ。けど、相手が悪かったと思って諦めてね」
「は? 何を言って……」
ドイルの放った剛剣をするりと避けた次の瞬間、オレはテリオネシスの剣を横なぎにドイルの横腹に叩きつける。
予備動作もなく比較的近い距離での打撃なので、ドイルにはオレが苦し紛れに一撃を放ったとしか見えなかっただろう。
おそらく、たいした威力はないと高をくくったに違いない。
けど、その思惑は外れ、ドイルの身体が宙に舞う。
そして、壮絶な破壊音を立てながら地面を転がった。
思った以上に我が「愛車」君は重症でしたw
車検が通らない故障があり部品待ちのため一泊することに(>_<)
しかも代車君が大きい車で、恐々運転して帰りました。(小型車しか乗れない)
車検+修理代も思いがけない出費で、液タブ購入計画はまた遠のいたのでしたw