膠着……④
「お願い? ヒューのお願いなら、オレの出来ることなら何でもするよ!」
ヒューの言葉にオレは大きく頷いた。
オレの願いなら一も二もなく聞いてくれるヒューがオレに「お願い」なんて、めったにないことだ。日頃の献身に応えたい想いもあるので、可能な限り叶えてあげたい。
けど、ヒューの口から出た願いは意外な申し出だった。
「こちらの大神殿の騎士の方々と手合わせをお願いしたいのです」
「手合わせ……神殿騎士と?」
「はい、本当は私との手合わせをご所望だったのですが、リデルの方が私より適任と思いまして」
「そうかなぁ? 傭兵のオレなんかより騎士のヒューの方が参考になる点が多いんじゃないのか?」
「それはそうかもしれませんが、リデルの方が私より強い――それは紛れもない事実です。実戦を想定するなら自分より強い相手との戦い方を学ぶべきです」
ヒューだって十分、強いと思うけど。
穏やかな笑顔で言うヒューがどこか悪戯っ子のような目をしていたので、何か思惑があるのだと感じた。
「……わかった。オレは構わないけど、パティオはいいの?」
「私の方は異論ありませんが、むしろ申し訳ございません」
パティオは済まなさそうに頭を下げる。
何でパティオが謝るのかと思っていると、ここに至る経緯を説明してくれた。
「今回の帝都防衛戦は中央大神殿の神殿騎士にとって久方ぶりの実戦だったのです。なので、皆意識が高揚した状態で戦いに臨みました。けれど、籠城戦となってしまい、ひたすら防備を固めるだけで打って出ることもなく、思う存分戦えないという欲求不満だけが残ったのです」
何となく想像はできる。
気が高ぶって拳を振り上げたものの、下すことができない……そんな状況に置かれたらイライラも募るというものだ。
「その上、戦争は膠着状態に陥り、教皇の指示待ちになりました。持っていき場のない戦闘欲求を満たすために神殿内で競技試合でもしようかという機運が高まりました。そんな折に偶然、高名な「白銀の騎士」様が訪れたのです。彼らが色めき立つのも当然と言えるでしょう」
「ええ、何度となく、手合わせの懇願がきて困惑しました」
基本、来るものは拒まずのヒューも今回ばかりは、うんざりしたようだ。
現在は、小康状態を保っているとはいえ、戦争中であることに間違いはない。すぐにでも小競り合いが発生するかもしれない状況で、欲求不満の解消のためだけに試合しようとする発想は神殿ならではのものかもしれない。
「ねえ、パティオ。神殿騎士達って、ひょっとして空気読めない系の集団なの?」
「そ、そんなことはないと思いますが、世慣れぬ者達が多いとは言えるでしょう」
隔離された空間で、決められた規範の中だけで生きてくれば、そうなるのも当然か。
「わかった、パティオが許すならヒューの代わりに神殿騎士と手合わせするよ」
正直な話、オレもここまでの間、ずっと戦闘を見てるだけだったので、ちょっとばかり物足らなかったのも事実だ。
やはり「脳筋」が「脳筋」たる所以……といったところか。
◇◆◇◆◇◆
白い一団がいた。
いや、正確に言うと全身金属鎧の上に神殿所属を示す白いサーコートを着込んだ神殿騎士の一団だ。
一列に綺麗に並んでオレたちを待つ姿に高い規律が窺われ、帝国騎士団との違いが明白に感じられた。
「これはどういうことでしょう、パティオ様」
隊長然とした騎士が憮然とした表情でオレたちに鋭い目を向けた。
相対するのはオレ、パティオ、ヒューの三人だ。
ラドベルクもオレの護衛として付いて来たがったが、今回は遠慮してもらった。ヒューの弁によると、彼の存在は神殿騎士団内でもすでに噂になっているほどで、いらぬ軋轢は避けるために場を外した方が良いという判断だ。
「どういう意味ですか、ドイル?」
パティオが固い表情で問う。
「どうもこうもありません」
ドイルと呼ばれた長身で、やや細めの隊長としては年若く見える騎士が不満を隠さず答える。
ん、この人どこかで会ったような気がするけど…………う~ん、思い出せない。
たぶん、たいした関わり合いじゃなかったんだと思う。
「私どもはルーウィック殿と手合わせできるとお聞きして集まったのですが」
視線の先には見慣れた甲冑姿ではない平服のヒューがいた。
「本日の相手は残念ながら私ではありません、ドイル殿。ですが、私を超える類まれな剣の才を持つ御方がお相手してくださります。誠に僥倖と言えるでしょう」
「類まれな剣の才……ですか」
ドイルという神殿騎士は、ちらりとオレの方を見ると嘆息した。
「もしや、その御方とやらは、そこにいる偽皇女のことを言っているのではありませんよね?」
「ドイル、無礼です! リデル様に謝罪しなさい」
パティオが厳しい声で咎める。
「謝罪? 何故ですか、その者は皇女を騙った犯罪者ですよ。そんな者に礼など尽くす必要は断じて、ない」
ドイルは苦々しく言い放った。
「ドイル……貴方!」
「パティオ様、お怒りになっても私は怯みませんよ。そして、この際ですからはっきり言わせていただきますが、貴女様が何故その娘に肩入れするか、さっぱり意味がわかりません。口さがない者はパティオ様が私情で大神殿を動かしているとさえ言っております」
オレは思わずヒューの方を見た。
すると例の悪戯っ子のような目と視線が合う。
そういうことか。
ヒューの思惑に、オレはやっと気づく。
オレは大神殿がパティオのもと、一枚岩だと思っていた。神殿内の序列は絶対で、不満や反感を持っていても上位者に従うのが普通だからだ。
けど、違うのだ。
神殿騎士団は、神殿内にありながら別の組織と言っても良いほど、神殿騎士団長を中心にまとまった武闘組織だ。
パティオに表立って反逆することはないが、意向に従わないことは普通にあるのだろう。
そして、彼らはオレに対して不信感を持っている。ヒューは、こうなることが分かっていたに違いない。
道理で、ラドベルクを連れてくるのを避けたわけだ。彼がいたら、この時点で血の雨が降るところだった。
「なあ、あんた。ごたくは、いいから。本音はオレと戦うのが怖いんじゃないのか?」
「なんだと!」
オレの煽り文句に、ドイルの顔色が変わる。
「そうじゃなきゃ、オレと手合わせしろ。地べたに這わせてやるよ」
「貴様、ドイル隊長になんと失礼な!」
「そうだ、分をわきまえろ!」
「偽皇女め!」
激高した彼の部下の神殿騎士達が口々と叫ぶ。
「リデル様……」
口を押えたパティオが弁解の言葉も言えず顔色を青くする。
「なあ、パティオ。ちょっとオレ、本気を出しても大丈夫かな?」
「……は、はい。人死にさえでなければ、治癒魔法で何とかなります」
「それを聞いて安心した。一応は手加減するけど、少しは痛い目に合わないとね」
オレが一歩前へ進むと、パティオとヒューはするりと後ろに下がった。
「さて、どいつから相手をしてくれるんだ?」
オレは獰猛な笑みを浮かべた。
改題は一応、保留にしました。
変えても状況は変わらないかなと思いまして。
それより、絵を勉強して、ばばーんと挿絵を…………嘘です、無理です、出来ません(>_<)
液タブが欲しくて、ぐらぐらしてましたが、気が付いたら、もうすぐ車検だった。(断念)