膠着……②
「ん、この辺りでいいんじゃないか?」
「そうだな」
イクスが足を止めて上を見上げたので、オレも横に並んで顔を上げる。
目の前には皇宮の高い外壁が聳え立ち、目で追って見上げると首が痛くなりそうな高さだ。
幸いなことに壁上歩廊に歩哨の姿も見えない。見回りは欠かさないだろうが、さすがに攻城兵器でもない限り、ここから侵入できる敵は少ないだろう。
オレたちは、正門からいくらか壁沿いに歩き、ちょうど壁塔(壁に突き出た塔)と壁塔の中間に立って外壁を見上げているところだ。
「そうだな……って、リデル。ここから侵入する気ですか?」
「さすがにオレ単独では無理だよ。けど、ヒューの助力があれば行けそうかな」
ヒューの驚きの声にオレは自分の勘を信じて答える。
「私の助力ですか?」
「うん、助走を使って反動をつけたオレをヒューが両手で空に投げ上げてくれれば、何とか上まで届きそう」
オレの侵入方法にヒューは絶句する。
「……さすがに、それは予想外でしょうね。城を守る側にとっては」
「まあね。だから、付け入る隙があると思う……その、この案おかしいかな?」
「いえ、そんなことありませんよ。リデルなら『有り』でしょう」
相変わらず、ヒューはオレに甘いと思う。
今までもそうだけど、オレの人間離れした行動を見聞きしてもヒューは素直に受け入れてくれる。そこが嬉しいし、感謝もしている。
甘すぎるのが玉に瑕だけど……。
「僕だったら、そんな奴の手を借りなくても単独で上まで登れると思うよ」
オレとヒューが気を通じ合わせているとイクスが急に割り込んでくる。
自分が蚊帳の外なのが気に入らないのかもしれない。
「さすがにお前でも無理だろ、この高さは」
「そんなことないよ。少し、待ってて」
そう言うとイクスは、いきなり上着を脱ぎ始める。
「ちょっ……何してんだよ」
オレは顔を赤くして目を背ける。
そうなんだ。
前は全然平気だったのに、最近のオレは男の人の裸を見ると何だか妙に気恥ずかしくなって見ていられなくなったんだ。反対に女の人の裸は一緒にお風呂に入れるぐらい何も感じなくなった。
やはり、心身ともに女になったのかなと実感してしまう。
「なっ……?」
と言いつつも、横目でこっそりイクスをチラ見すると、何と奴の背中に妙なものが生えていた。
「リ、リデル様。もしかして、あれって……」
オレの後ろに控えていたソフィアは視線を釘付けされたように目を離せないでいる。
ソフィア……君のような清楚な娘が上半身裸の男を食い入るように見つめるのは止めなさいって。
「どう見ても羽だな、しかも黒い……」
イクスは背中に一対の大きな蝙蝠のような黒い羽を広げていた。
「どうです、リデル。かっこいいでしょ」
「全然、かっこよくない……って言うか、キモッ」
「がーん!」
ドヤ顔から一転、オレの辛辣な言葉に打ちひしがれるイクス。
だって、爬虫類の皮膚みたいなヌメヌメ感があって気持ち悪いんだもん。
鳥の羽みたいだったら良かったのに。
「でも、そんなんで本当に飛べるのか?」
身体に比べて、ずいぶん大きな羽だけど、それでもとても飛べそうな雰囲気には見えない。
「何言ってんのさ。魔力で飛ぶに決まってるでしょ」
確かに、ドラゴンだって、あの図体で飛べるわけないのに飛べているのは羽に魔力を流しているおかげだってトルペンから聞いたっけ。
もっとも、トルペンに言わせれば、転移の方が効率がいいらしいけど。
「まあ、とにかく。空が飛べるなら外壁なんて関係ないか」
「そうでもないけどね。僕は飛べるし、リデルの跳躍力なら問題ないけど、君たちはどうするの?」
イクスは黒い羽を器用に折りたたむと、ヒューとソフィアに視線を向ける。
「私は壁の上からロープを垂らしていただければ、大丈夫ですが……」
ソフィアの軽業師のような身のこなしなら、外壁はさほど苦にはならないに違いない。
けど、もう一人の方は……。
「私のことは気にしないでください。別の方法で入城しようと思いますので」
今夜は闇夜の下見であったので、いつもの派手な銀の甲冑姿でなく、目立たない暗い色調の平服を着たヒューが心配無用と自信ありげに断言する。
「別の方法?」
そんな方法があるなら、ぜひ教えて欲しい。
「私は『天隷の騎士』です。制度上はアリシア皇帝陛下の騎士なので、正規の手続きを踏みさえすれば、普通に正門から入れます」
「あ……」
そう言えば、そうだった。
ヒューは表向きガートルードの部下だから、夜中にこそこそ忍び込む必要などなかった。
「別行動をとるのは奪還計画がまとまってからだと考えていましたので、こうして下見にも付き合ったまでです。実行の際には中から支援できればと思っています」
それに女性二人とイクスだけで行動させるのは心配でしたので、とヒューはオレにだけ聞こえる声で呟いた。
「じゃあ、僕もそうしようかな」
不意にイクスは、そう言い出すと再び羽を広げ、ふわりと浮き上がった。羽を羽ばたかせるのではなく、羽に浮かぶ力が生じさせたよう見える。
「僕も立ち入り禁止とは言われてるけど、イーディス(ガートルード)側の人間だからね。もし、中に入ったのがバレても酷いことにはならないと思う。だから、ちょっと内情を探ってくるよ」
「イクス?」
イクスはオレが何か言う前に、すう―っと上昇すると外壁の上に降り立った。
「2、3日で戻るから、そっちも突入の準備を進めておいてよ」
そう言い放つと壁の上から姿を消した。
「ホント、勝手な奴め」
口では非難めいたことを言ったが、内心は少しほっとする。
イクスは侮れない相手だ。現状は友好的だが、いつまた敵になるとも限らない。軽口を叩いては見せたが、内実はずっと緊張していたのだ。
「リデル様、本当に大丈夫なのでしょうか、あの男は?」
「さあ、あまり当てにしないで待つしかないかな。もし、2、3日経って戻らなければ、こちらだけで奪還作戦を始めよう」
本当はクレイのことを考えると、わずかな時間でも惜しかったのだけど、成功させるためにも内部情報は有益だ。
イクスの帰りを待つ間に、出来る限りの準備を進めておくしかない。
イクスと別れ、下見を終えたオレたちが大神殿に戻るとパティオが、こんな時間にも拘わらず面会を求めてきた。
嫌な予感を覚えながら、彼女との面会を果たすと案の定、パティオは言った。
「また、戦況が大きく変わりました。アルセム王国が反皇帝側に付いて参戦したのです」
まだまだ終わりませんが、作者的には完結が視野に入ってきました(>_<)
ので、新作の構想を……(←相変わらず懲りない)
異世界転生ものの学園経営ファンタジーです。
え? ありがちですって?
大丈夫です、一風変わった内容になる予定です(たぶん)
でも、まずは本作の完結が最優先ですがw