膠着……①
「やあ、久しぶり。元気だったかい?」
「……どういう魔法を使ったかは知らないけど、いきなりは止めろ。さすがにびっくりする」
にこにこと笑うイクスにオレは渋面で皮肉を返す。
パティオに無理を言って、大神殿内に居を構えさせてもらったオレたちは旅の疲れを丸一日かけて癒すと、その翌日の未明に皇宮の様子を探るべく大神殿を出立することにした。
イクスに連絡する術が無かったので、出し抜く形になったのは仕方ないと自分に言い訳して大神殿の外へを出たのだけど、いつの間にやらオレのすぐ横に立ち挨拶してくるイクスに、思わず悲鳴を上げそうになるのをぐっと堪え、平静を装って言葉を返す。
「別段、特別な魔法なんて使ってないよ。前にも言ったと思うけど、リデルの居場所はどこに居てもわかるし……片時も君と別れたくないから、すぐにでも参上するように心掛けているだけさ。そうだね、魔法の力と言うより……強いて言えば『愛の力』かな」
嘘つけ! 前は『暴風雨』みたいに遠くからでもわかるって言ったの忘れてないからな。
「御託はたくさんだ。それより約束通り、皇宮に忍び込む手引きはしてくれるんだろうな」
敵であるイクスを、わざわざクレイ救出の仲間に加えたのは、ひとえに皇宮侵入の手助けを約束してくれたからだ。何を考えているかわからない奴だが、ことオレに関しては極めて友好的なので一応は信用している。
皇宮自体はオレも一時、暮らしていたからそれなりに熟知しているが、やはりガードルード側の警備状況等、敵方の情報を得られるのは大きい。
そうでなければ、こんな危険人物と間違っても組んだりなどしないから。
「それは、もちろん任せといて……と言いたいところなんだけど、少々事情が変わってね。協力は惜しまないけど、侵入の手引きまでは出来なくなったんだ」
「何だと……?」
突然、約束を反故にされて、『話が違う』と文句を言おうとしたが、イクスの顔を見て言葉に詰まる。軽い口調とは裏腹にイクスの表情は苦渋に満ちていたのだ。
イクスもこんな顔をするんだと、心の中でちょっと驚く。
「いったい何があったんだ?」
「いや、ほらこの間、君たちをゾルダートの導師から助けてあげたじゃない。そのことをフェルナトウの奴が主様に密告やがってっさ。おかげで皇宮に立ち入り禁止になっちゃったんだ。ごめんね、役に立てなくてさ」
つ、使えねー……あんなに自信満々だった癖に。
とは言え、イクスの好意に縋ろうとしてたのも事実だから、文句を言えた義理じゃないけど……。
「まあ、いいよ。最初から、あんまり期待してなかったから」
そう言ってイクスを慰めると、微妙に傷ついた顔をする。
あれ、何かオレ不味いこと言った?
◇◆◇◆
とにかくオレたちは皇宮周辺の警備状況を下見することにした。ちょうど曇り空で月が隠れて、隠密行動にはもってこいの夜だ。
闇夜に紛れて、音を立てずに皇宮の正門に近づく。すでに深夜なので門は固く閉ざされ、周りに人の気配もない。記憶をたどれば、門の内側に門兵の詰め所があり、この時間は不寝番をしているはずなので、物音を立てれば様子見に出てくる可能性が高いだろう。
そう言えば、この場所って……確かオレが皇女候補の神託を受けた場所だ。
入り口の前で、皇女候補者は一人ひとり、証書の確認と再神託を受けてから、入城を許されることになった。そして、部外者だと思っていたオレは、不意に現れたトルペンに急かされ、聖石の神託を受け皇女候補になったのがすべての始まり……というか運の尽きだった。
あれが無ければ、今も男に戻るために聖石を探す当てどもない旅を続けていたかもしれない。
現在の状況を考えると、どちらが幸せっだったのか……ふと、考えてしまう。
いや、考えるまでもないか。
皇女候補になったことで、12班のみんなも含め、いろんな人たち……大切な人たちと出会えたのだから、そもそも比べること自体、間違ってる。
それに幸せは、自分自身の努力や行動の積み重ねの結果、感じるものであり、流れにただ流されて否応なく感じるものでもない。
オレは今も、こうして生きてるし、損得抜きで協力してくれる仲間もいる。
うん、幸せだよ、オレ。
不幸を嘆くには早い。
やれることは、すべてやってみなきゃ……。
「リデル、ちょっと待って」
「ぐえっ……」
物思いに耽っていたら、いきなりイクスに服の襟首を掴まれ、変な声が出る。
「な、何するんだ!」
どうやら、オレを引き留めるための行為だったようだけど、いきなりは無いだろうと文句を言おうと睨みつけると、イクスは「しっ……」と唇に指を立てる。
「あ……(ごめん)」
「構わないさ。でもリデル、君には見えないか?」
隠密行動だったのを思い出したオレが慌てて口を押えると、イクスは気にせず正門の方を指さす。オレはイクスの指の先に目を向けると、闇の中に溶け込んでいるが、うっすら黒い影が何体か見えた。
「イクス、あれは?」
「ゾルアート教の術者の使役魔の類いだろう。一応、監視らしきことをしているようだね」
「残念ながら私には見えませんが、禍々しい気は感じますね」
「私も何か感じます」
ヒューとソフィアには黒い影は見えないようだけど、何となく負の存在は感知してるようだ。
「ここは無理だね、他の場所を見て回ろうか」
早々と正門を諦めたイクスは皇宮の壁に沿って歩き始めた。
今回は少し短めです。
ちょっとストーカーちっくなイクス君でしたw
そして、いきなり役立たず……(^_-)-☆
新しいPCは快調です……が、私の頭はあまり快調でなく執筆が捗りません。
困ったものです(>_<)