内戦、再び……⑤
「久しぶりだね、ラドベルク……」
偶然の再会に思わず笑みがこぼれたオレに向かって、ラドベルクは地響きが鳴る勢いで階段を下りきると膝をついた。
「ご無事で何よりでございます、リデル様。お元気そうで安心いたしました」
「うん、こっちは何とかね。ラドベルクの方こそ、どうなの? イエナも元気してる?」
「はい、おかげさまで二人とも息災です」
「その……この間は、ごめん。置いてきぼりにしてしまって。でも、ああするより他に手が無かったんだ。勝手な言い草だけど、許してほしい」
前回の脱出の際、オレのためにわざわざ帝都へ出て来てくれたラドベルク親子を大神殿に残して行くしかなかったことに頭を下げる。
他に方法が無かったといえ、見捨てていったことには変わりはない。非難は甘んじて受けるつもりだ。
「頭をお上げください、リデル様。仔細は承知しております。あの場合、あれが最善の選択だと私も納得しております。それに残された私達に対する御配慮についてもパティオ大神官様より、お聞きしておりますので、どうかご自分をお責めにならないでください。こちらこそ、お気遣いいただき感謝申し上げます。イエナも神学校に通えて喜んでおりましたので」
ラドベルクの進退とイエナの行く末についてはパティオ大神官に後見を頼んでおいたが、ちゃんと約束を果たしてくれたようだ。
急いでいたので口止めしなかったのもあるけど、どうやらパティオから詳細を聞いてしまったらしい。
面と向かってお礼を言われると、ちょっと面映ゆい気分だ。正直に言えば、逃げ出す自分に対する言い訳というか、自己満足的な意味合いが強かったので、素直に感謝されると、かえって心苦しかった。
「オレは、たいしたこしてないよ。ラドベルクのしてくれたことに比べれば……」
「リデル様。積もる話も、おありかと思いますが、ここではさすがに目立ちます。差支えなければ大神殿に入りましょう」
周囲を気にしたソフィアがオレとラドベルクの会話に割って入る。
もっともな話だ。
雲を掴むような大男がフードを被った小柄な少年(もしくは少女)に跪く姿は否が応でも目立つことこの上ない。
現に大神殿の周辺にいる人々が何事が起きたかと、こちらを注視していた。
「あ……ごめん。すぐに入ろう。ラドベルク、案内してもらえる?」
「もちろんでございます」
ラドベルクが頷いて、すっくと立ち上がると、その大きさにこちらを窺っていた住民達がどよめいたのわかる。
オレ達は急いで大神殿の入り口に向かった。
◇
「ご無沙汰しております、リデル様。お元気そうで安心しました」
久しぶりに会ったパティオ大神官は相変わらず年齢不詳の美貌で、オレたちを優しい微笑みで迎えてくれた。
ラドベルクの案内で大神殿に足を踏み入れたものの、皇女でなくなった一介の傭兵のオレが大神殿のトップであるパティオとすぐに面会できるとは夢にも思っていなかった。
あわよくば、アエルに会えたら良いなとは思っていたけど、帝都の情報が少しでも入れば御の字と考えていた程度だ。
けれど、貴賓室に案内されたオレたちは、さほど待つことなくパティオに会うことが出来た。帝都周辺での戦闘直後であり忙しくない訳がないだろうにと思っていたが、どうやら無理やり時間を捻出してくれたようで、ちょっと申し訳なく感じる。
現にお付きの秘書官は渋い顔で、「お話は短時間でお願いします」と言い捨て、パティオ大神官と若い青年神官を残して席を外した。
「こちらこそ、久しぶりだね、パティオ大神官。大神殿も変わらずみたいだし」
「そうでもないのですけどね。まあ、表向きは平穏と言ったところですか」
「そうなんだ……いろいろ大変なのは聞いてるよ。あんまり無理しない方が良いと思う」
「まあ! 優しいお気遣いありがとうございます。気を付けるようにいたしますね」
「そうだ、それよりソフィアとシンシアを助けてくれたんだってね……ありがとう、ホントに感謝するよ」
オレがお礼の言葉を述べると、横にいるソフィアも頭を下げる。
「いえいえ、たいしたことは出来ませんでしたから。それに……シンシアさんは残念でした。私も出来る限り消息を追っていますが、いまだ見つかっていません」
「それについても礼を言うよ、ありがとう。でも、オレは必ずシンシアを探し出すつもりだから」
「リデル様……」
ソフィアの潤んだ視線に頷いてみせ、オレはパティオに向き直った。
「ところでパティオ大神官、オレがここに来た理由なんだけど……聞いてくれるか?」
「ええ、伺いましょう」
オレは、ここまでの経緯とクレイが連れ去られたことをパティオに説明した。
「なるほど……クレイさんが皇宮に監禁されている可能性が高いと……」
パティオはオレの説明に綺麗な眉を顰めた。
「しかも、それにゾルダート教の導師が関与しているとのことですね」
「うん、皇女でもないオレが神殿を頼るのは筋違いだと思うけど、ゾルダート教が絡んでいるなら、神殿に話を持っていくべきだと考えたんだ」
「それは賢明な判断です」
パティオは静かに断言した。
「そうですか……アリシア陛下が、かの者達を重用している噂はありましたが、やはり事実でしたか。それなら、我々も考えを改めねばなりませんね」
「パティオ……?」
「いえ、すみません。こちらの話です。それより、今さらの話ですが、皇帝直属の天隷の騎士であるルーウィック様がここにいて、大丈夫なのですか?」
パティオは、オレの後ろに立ち警護の姿勢を崩さないヒューに目を向けると面白そうに尋ねた。
「剣聖ユーリスが四世ただ一人に忠誠を誓っていたように私もまた、ただ一人の方に剣を捧げていますからね。ご心配には及びません」
ちょっと待て、ヒュー。今、何かとんでもないことを、さらっと言わなかった?
「そうですか、なら安心ですね」
おい、パティオ。あんたも、すぐに納得するなよ。
「それより、リデル様。実は私の方も、貴女様にお伝えしたいことがあり、ずっと行方を捜していたのです。今日、こうして会えたのは僥倖と申せましょう」
「伝えたいこと?」
「ええ、血統裁判における重大な過誤について……」
今年のお盆休みはコロナでどこへも行けないので、騙し騙し使っていたパソコンを新調しようと思っています。今の環境を上手く引っ越しできるか不安ですが、頑張ってみたいと思います。
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