変転……③
イクスの台詞を訂正しました。
◇
深い森の木々の隙間から、わずかに漏れる陽の光が赤みを帯び、夜が近いことを感じさせている。無理やり立ち上がろうとオレが地面を強く掴むと、腐った倒木と土が入り混じった匂いがした。
一人また一人、断末魔の表情を顔に張り付けたまま、死人がのそりと立ち上がる。
起き上がりかけたオレが、足に力が入らずバランスを崩し、手を突いて前のめりに倒れると、ソフィアがオレを守ろうと死人の前に立ちはだかった。
「ソフィア、逃げてくれ」
「駄目です。リデル様は私が守ります」
死ぬ気でオレを守るつもりなのがわかる。
「大丈夫だ。オレなら何とかなる」
……たぶん。
「例の不思議な力があるから、安心して逃げてくれ」
頼みの謎の力も打ち止めに近いけど、本気で死にそうなら何とかなる……かもしれない。
「嫌です。リデル様を残して逃げられません」
どうやら、悲壮な覚悟を決めたようだ。
しょうがない、もうひと頑張りするしかない。
「ふんぬっ……」
鉛のような身体を無理に動かそうとするが、ピクリとも動かない。根性だけではままならないようだ。
今度ばかりは、ちょっとヤバそうかも。
そう、心の中で観念した時だ。
不意に死人の群れとオレ達の間に何者かが割って入って来る。夕間暮れでシルエットしかわからないが、小柄でひょろりとした人物のようだ。
背を向けたそいつは、手近な死人に不用意に歩み寄る。
「おい、危ないぞ!」
警告を発しようとしたが、口が上手く動かずくぐもった声しか出ない。
ソフィアもオレを守るのが精一杯で、手出し出来る状況ではなかった。
オレは焦りながら、事の成り行きを見守っていると、いつの間に構えたのか、そいつは手に持った剣で、いきなり相手を袈裟斬りにする。
あまりの速さに、相手に届かなかったかと思っていると次の瞬間、死人は斜めにずれて上下ばらばらに崩れ落ちた。
返す刀で隣の死人を水平に切り結ぶと、相手は上下に別れて倒れこんだ。
「な……」
そこからは無双状態だ。
右へ左へと死人の群れの中を動き回ると、瞬く間に駆逐していく。オレとソフィアが呆気に取られている間に、動く死人は一人もいなくなった。
息も乱さずに敵を殲滅した人物は剣を収めると、こちらを振り返る。
そして、こちらへ一歩づつ近づいてくる。
夕陽が相手の顔に射し、誰なのかわかった。
人懐っこそうな笑みを浮かべる相手を見て、今度こそ最大のピンチが訪れたことをオレは悟る。
「イクス……お前か」
「お久しぶりだね」
たった今、血生臭い戦闘をしたとは思えないほど、朗らかな調子でイクスはオレに話しかけて来た。
「あれ、余計なお世話だった?」
オレが警戒心を露にソフィアを自分の後ろに隠す様子に、笑みを浮かべる。
「いや……助かったよ。ありがとう」
嘘をつくのは負けのような気がして正直に答える。
もっとも、イクスの出方次第ではお礼を言っている場合ではないのだけど。
すでにオレは満身創痍だし、イクスの強さはオレに匹敵するのだから、安心できる筈もない。
「そう……それは良かった。無理して出張ってきたのは無駄じゃなかったかな」
屈託なく笑うイクス。
人好きするこいつの笑顔に騙されてはいけない。ニコニコしながら、平気で人を殺す奴なのだ。
「無理して……ってどういうことだ? それに何でお前がここにいる?」
「まあまあ、そうがっつかないでよ。こんなところで立ち話もなんだし、場所を変えないかい? 逃げたと思うけど、術者もまだ近くにいるようだしね」
そうか、やはりあの毒蜘蛛は誰かの術だったのか。ソフィアの言っていたゾルダート教の連中だろうか?
「後ろの女性も怖がっているし、急いだ方が良くない?」
オレの背でソフィアがびくりとする。
いや、怖がっているのは、たぶんお前だから。
ルマのダノン邸でのこと、ソフィアのトラウマになっているって聞いたし。オレだって、たまにあの夜のことを夢で見てうなされるんだからな。
けど、どうやらすぐにオレ達をどうこうしようとする意志はイクスに無いようだ。もしそうなら、ひとまず安心して良いかもしれない。
「いや、イクス。ちょっと待ってくれ。行く前にやっておきたいことがあるんだ」
「やりたいこと? 別に君がそうしたいのなら、止めやしないけど……」
「助かるよ」
オレは後ろのソフィアに声をかける。
「この人たちを弔ってあげよう、ソフィア。手伝ってくれ」
流浪の民の襲撃者の亡骸をこのまま放置していくのに気が引けてソフィアに提案すると、はっきりと反対された。
「この者達はリデル様を襲った者達です。すでに私達の敵なのです。温情をかける必要はありません。それに時間が惜しいので……」
捨て置けと暗に言う。
「今は敵だけど、ずっとお世話になってたから」
そう言ってオレは亡骸を可能な限り集めて、森に並べることにした。
「リデル様、血で汚れます。私がやりますから」
反対したソフィアが率先して動いてくれて、さすがに埋葬までは無理だったけど、指を組ませて横たえることはできた。
イクスのせいで五体満足なご遺体は少なかったけれど。
当のイクスは手伝う素振りも見せず、腕を組んで興味深そうにオレ達を眺めていた。
やっと出てきましたw
彼が出てくると、後半戦って気がしてきます。
次回は彼が現れた理由です。