動乱のはじまり……③
「そうか、とうとう即位したんだ」
もともと、ケルヴィンの算段では皇女を皇帝に即位させ、自身が帝国宰相となるのが目的だったし、ガートルードも血統裁判の際、皇帝に即位する旨を周囲に表明していたから、いずれこうなることは予想できていた。
ただ、オレとしてはもう少しアリシア皇女の支持基盤が安定するまで即位宣言をしないで、両公国とのバランスを取りながら帝国を運営していくと思っていたので、ちょっと驚いている。
ケルヴィンの止めるのも聞かず、血統裁判の折に即位することを両公国にばらしてしまったせいで、横やりを入れられる前に強行したのか、それとも両公国との話し合いが思いのほか上手くいって早々と即位にこぎつけたのか、はたまた両公国に対抗できる軍事力を手に入れたか。
どちらにしても、一波乱ありそうな展開と言っていい。
「で、それがどうクレイに繋がるんだ?」
オレと別れることを条件に……ん、なんか付き合ってたみたいな言い方で誤解を招きそうだけど、とにかく別れることを条件に一族の跡継ぎに返り咲いたわけで、順風満帆でなくても命の危機に瀕することなど考えられなかった。
「リデル様は皇帝の即位に宰相が必要なことはご存じですよね」
ソフィアの唐突な質問にオレは面食らった。
質問内容のクレイと宰相という単語が結びつかなかったからだ。
「うん、覚えてるよ。クレイに教えてもらったから。確か皇帝を選定し即位させるのが宰相職最後の最も重要な責務のはずだろう。だから、宰相ダンフォードが皇帝デュラント四世と一緒に亡くなってしまったことが、帝国内乱の要因とも聞いてる」
もっとも、ダンフォード宰相が生き残っていたとしても両公国を仲裁して新皇帝を選出するのは難しかったに違いない。
それほど両国の溝は深かったと言っていい。継承権の順位だけでなく、双方が領有する地域間の対立が根本にあったからだ。
「はい、リデル様の仰せの通り、本来なら宰相が不在ですと新皇帝は即位できません。しかしながら、かろうじてトルペン宰相補がいらっしゃるので、即位は可能なのです」
そういや、ユクをゴルドー商会に預かるのは宰相補のトルペンに言うこと聞かせるためだって、クレイの弟のラディクが言ってたっけ。
そしてそれはガートルードとの交渉の切り札となるとも……。
「もしかして、トルペン絡みで即位に問題が発生したの?」
トルペンの我がままと言うか、社会不適応はかなりのもので、さすがは竜族の貴種である古代竜と言ったところだった。
ユクのおかげで、ずいぶん緩和されたと聞いてたけど……。
「いえ、それについては何の問題もなく済みました。ユク様の件以前にトルペン様は即位式に大変興味をそそられたようで、嬉々として参加していましたよ」
「そ、そうなんだ……それは良かったね。でも、それじゃ……」
いったい、どんな問題が起きたんだ?
即位が滞りなく行われたとしたら、次に起きること……そうか、ケルヴィンが危惧していたカイロニア・ライノニア両公国の反応か。
大方、予想通りに皇女の皇帝即位に反対する立場の両公国がガートルードの即位に反旗を翻したのだろう。
あり得る展開と思われたけど、直接クレイがそれで被害を被るようにも思えなかった。考えられるのはクレイ本人でなくゴルドー商会絡みが順当か。
「即位で帝都で何かあって……例えばガートルードとカイロニア・ライノニア間の争いにゴルドー商会が巻き込まれでもしたの?」
「いえ、皇帝側も当初は両公国の反乱を警戒して近衛軍のほぼ全軍を帝都に集結させていましたが、両公国とも表立った動きを見せませんでした。むしろ、カイロニア陣営は即位に協力的だったほどです。なので、対応を準備していたゴルドー商会も拍子抜けに終わりました」
へえ、意外な結果だ。
「おそらく、カイロニア陣営はレオン公子が皇帝になれなくとも皇帝の配偶者になれれば良いと判断したと思われます」
オレが意外という表情をしているとソフィアが補足してくれた。
なるほど、確かに皇帝という『名』に拘らなければ、配偶者でも『実』は得られるわけだ。カイロニアのカイル公は、なかなか強かな人物のようだ。
「ただ、当のレオン公子本人がアリシア皇帝との結婚に難色を示していて周囲を困らせているようです。何でも『世を忍ぶ恋』がどうとか訳の分からないことを言っているそうで……」
レ、レオン……あの変態公子め。
オレに一目ぼれして求婚して来た変態公子のことを思い出す。
周りに喧伝して回らないように口にした『世を忍ぶ恋』なんていう馬鹿げた設定をまだ信じてたんだ。
ホント、しつこいって言うか、とっととガートルードと結婚すればいいのに。
「一方でライノニアの方は、そうした積極的な動きは見せず、不気味に静観を続けているようです。帝都の有力貴族や知識人達はライノニアがこのまま大人しく言いなりになるとは、とても思えないと噂しています」
まあ、例の件も含めて裏で動いているライノニアが、このままで終わるとはオレも思っていない。
「じゃあ、帝都は曲がりなりにも落ち着いているんだね」
「はい、仰る通りです。帝国全土も概ね皇女の即位に対し好意的で、目立った動きはありません……ただ、一地域を除いては」
「え、どこか叛意を表明したの?」
この状況下で皇帝に叛意を示すなんて、いったいどこの馬鹿だ?
「はい、皇女直轄領『アリスリーゼ』です」
な、なんだって!
今回も間に合って良かったですw
もともと出不精なので、外出を控えてもあまり変わりなかった……(>_<)
あと、倒れてちょうど一年過ぎ、無事生きながらえて良かったと思う今日この頃です。
これからも無理せず頑張ります!