拡がる波紋……⑦
フェルナトウの静かな糾弾にアリシアは眉を吊り上げた。
「別に安易に解放したつもりはないのだけど……。ちゃんと監視は付けているし、協力する者も薄皮を剥くように排除した。今や、あの娘など恐るるに足りない存在でしょう」
「恐れながらイーディス様は、あの小娘を少々甘く見ておいでと愚考します。決して侮ってはならぬと、我が主も仰っていました」
「正直言ってお父様は、あの者を過大評価し過ぎると思っているわ。多少、腕は立つみたいだけれど、個人の武力など大勢には影響ないでしょう」
「イーディス様は逆に過小評価し過ぎと思いますがね。とにかく我が主は、あの娘を所望しております。そちらで捕縛はできませんか?」
「お断りするわ。アーキスとの約定もあるし、あの娘に手を出すことは出来ぬ相談ね」
「何を甘いことを、口約束など破るためにあるようなものです。体面を気にするなら陰で行えば良いでしょう」
フェルナトウは嘲りを含んだ口調にアリシアは不快感を露にする。
「それは信義にもとる行為よ。謀略は否定しないけれど、あのような男を味方につけるには、こちらも清廉でなければならないのよ」
「ご立派なお考えですな。しかし、かの御仁が本当にイーディス様に対し忠勤してくれるかどうか甚だ疑問ですがね」
「御託は結構よ。こちらはそれ相応の手を打ったのです。これ以上、こちらからは干渉はしません。あの娘を捕えたいなら、貴方の方でやったらいかが?」
アリシアが突き放すように言うと、フェルナトウは困った顔になる。
「そうしたいのは、やまやまなのですが……あの娘の相手をするのには我々では、いささか荷が勝つと言わざるえません。何とかなりませんかね」
「よく言うわね。妖術に長けた貴方の一派なら、そう……ご自慢の影魔遣いを差し向ければ捕らえることなど造作もないことでしょう?」
アリシアの提案にフェルナトウは一瞬ピクリと反応するが、知らん顔で続ける。
「確かに……造作もないことです。ただ、イーディス様は先ほど協力者は排除した申されたが、あの娘……最近新たな協力者を得たようですな」
「もちろん、耳にしています。けれど、ただの武人に過ぎません。過去はどうあれ、今は後ろ盾もない男。心配は杞憂でしょう」
「そうだと良いのですか……」
皮肉めいた調子でフェルナトウは答えるがアリシアは意に介さなかった。
「とにかく、他にたいした用がないならお引き取り願いましょうか。貴方と違って私はとても忙しい身なのです」
「畏まりました、イーディス様。それでは、また……」
アリシアがフェルナトウに興味をなくすと、彼は現れた時と同様に蜃気楼のように姿を消した。
◇◆◇◆◇◆
アリシアの前から立ち去ったフェルナトウは、明かりのない暗がりの中、室内の大半を占める大きな祭壇の前で跪いていた。
先ほどのような人を食った態度は影を潜め、緊張した面持ちで誰もいない祭壇に向かって状況を報告する。
「偉大なる我が主よ。イーディス様が独断でロニーナの遺児であるリデルを解放したのはアーキス将軍との約束事が原因のようでございます。監視は続けているようですが、逃がしたことに反省の色もございませんでした。恐れながら、イーディス様は事の重大さにお気づきなられていないと存じ上げます」
フェルナトウの言葉に反応するように、祭壇の蝋燭がポッと火が付き、祭壇の威容がぼんやりと浮かび上がってくる。
『フェルナトウよ』
「はっ」
不意に何処からともなく、殷々とした声が響く。
フェルナトウは頭を深々と下げ、主の降臨に応えた。
『イーディスのことは放っておけ。アレには伝えていない事柄も多い。判断を誤るのは致し方あるまい』
「はっ、出過ぎたことを申しました。お許しください」
『構わぬ。それより、あちらの首尾はどうだ』
「はい、そちらは滞りなく進んでいます。ライノニア公もアルセム王国側もまさか我々が図面を引いたとは夢にも思ってないでしょう」
『フォルムス帝国側はどうなっている』
「フォルムスは元よりライノニアに与しております。アルセムの新規参入に良い顔をしておりませんが、協力体制は維持する模様です」
『得られる利益が減るとでも思っているのだろう、薄汚い害獣め。もう、手に入れた気になっておるわ。……まあ、良い。奴らには一時幸せな夢を見せてやろうではないか。しかしこれで……また多くの血が流れる』
「はい、主様の仰る通りにございます」
『双子公も存外、だらしが無いわい。大規模な戦闘は最初だけで、後は小競り合いばかり……内戦と言っても長いだけで、相手を倒そうとする気概がない。あれではとても血が足りぬわ』
「真に……しかしながら、今度の内戦は総力戦になりましょう。我が主の期待に副う結果となるに違いありません」
『左様、そうなれば、いよいよ復活の時は近い』
「おお! 待ち望んだその時が、いよいよ……」
『しかし、そのためにはどうしても器が必要になるのだ』
「分かっております。ロニーナの娘は、その時までに必ず確保いたしますので」
『頼むぞ、フェルナトウ』
「お任せください、我が主よ」
一の部下の返答に満足する雰囲気を見せた謎の声は、思い出したように尋ねる。
『フェルナトウ、然るにイクスはどうしておる?』
「ああ、あの者なら傷が癒えたとたん、どこへ行くとも告げず飛び出していきました。今や、どこにいるのやら」
『あやつに鈴を付けるのは難しいからの。だが、イクスには十分注意するのだ。あやつの力を甘くみてはならん』
「そう言えば、ロニーナの娘を伴侶にするなどと馬鹿げたことを口にしていましたな」
『真相を知れば裏切るやも知れぬ。警戒を怠らないよう気を付けよ』
「あのような者、恐れるに足りませ……」
『フェルナトウ……』
「はっ、仰せのままに」
失態を悟ったフェルナトウが床に這いつくばって許しを乞おうとすると、すっと威圧感が消える。
主が去ったことに気づき、フェルナトウはゆっくりと深呼吸した。
「危ういところであった。本当にイクスの奴め」
フェルナトウは、ここにはいない同僚のことを思い出し、不快感を露にした。
Windows10にしてからパソコンが不調です(>_<)
一回で起動でいない状態が続いています。(すぐフリーズするし)
真剣に新しいパソコンが欲しいかも……。
やっと黒幕らしき奴が出てきましたw(←遅い)
一人称だと視点変更しないと書けないから、なかなか出せなかったんです(;一_一)
これで話が進む。次回から新章で、半年後に飛ぶ予定です。
あれ、もしかして今年中に完結できるかも……(←終わる終わる詐欺)




