拡がる波紋……⑤
「さすがは、グビル団長の娘ね。確かにずいぶん昔の話だし、今の時代に即しているとは言い難いから知らない者も多いわ。ただ、グレゴリのような大手や一定以上の歴史のある傭兵団は、それなりにその有効性を評価しているのよ。もちろん、この私もね」
日頃から、自分自身が女性として偏った知識しか持ち合わせていないと卑下していたオーリエだったが、思わぬところで褒められて、少し面映ゆい気持ちになる。
「では皇女殿下。勅許状の目的は、やはり『皇帝直衛傭兵団』の設立ですか?」
『皇帝直衛傭兵団』とは――。
皇帝が自ら傭兵団を直接雇用する制度のことである。
かつて、皇帝リフテ三世の治世の時代、帝都でクーデターが発生した際、近衛軍の一部も加担していたため、皇帝は帝都からの脱出に難儀した。その折、警備についていたアルサノーク傭兵団がその逃亡に助力したことから、史上初めて皇帝自らが傭兵団を直接雇用することとなった。
その後、リフテ三世は無事逃げおおせることができ、彼を護って戦死したアルサノーク傭兵団初代団長に報いるため、傭兵団をまとめる権限のある勅許状を与え、皇帝の身辺を護るように命じた。
これが、世に言う『皇帝直衛傭兵団』である。
オーリエはアリシア皇女がその再来を期待しているのだと思った。しかし、アリシアの返答は、そうではないことを告げるものだった。
「残念だけど、それは違うわ」
アリシアは不正解を出した生徒を見るような目でオーリエを見た。
「え?」
正解を確信していたオーリエは意表を突かれる。
「違うんですか?」
「ええ、私自身が直接、傭兵団を雇うつもりはないわ」
……そんな。では、自分がカンディアへ赴く必要なんて無いのでは……。
オーリエが不安そうにアリシアを見返す。
「言ったはずよ。私が求めているのは義勇軍だって」
確かに言ったけど、それってどういう意味? 義勇軍ってことは、まさか傭兵団をタダ働きさせるつもりなのだろうか。
オーリエが問い質すような表情をしたので、アリシアは苦笑いしながら答えた。
「経費はすべてバール商会が持つわ。傭兵団に損はさせないから安心して」
バール商会。
最近、台頭してきた商会で、帝国全域で主に貴族相手の商売を手広く行っている。急激に業績を伸ばしているせいもあり、とかく悪い噂が絶えない商会でもある。
グレゴリ傭兵団も、どちらかと言えば距離を置いていると言ってよかった。
「バール商会ですか……」
「あら、何か不服でも?」
「いえ、別に」
「そう、ならいいけど。まあ、悪しざまに言う者がいるのは知っているわ。でも、それは相対的な評価に過ぎないわね。私にとっては有用な組織だわ」
どうやら、アリシア皇女とバール商会は密接な関係にあるらしい。迂闊なことを言わないように注意しようとオーリエは思った。
「さあ、これで私が貴女にアルサノーク傭兵団のネフィリカ団長を説得してもらう理由がわかってくれたかしら。もちろん、引き受けていただけるわね」
「それは……」
どう答えていいのか、オーリエにはわからなかった。
斜陽の傭兵業界においては、雇用が確保されるというのは悪い話ではない。父もそれで苦労していたし、話せば斡旋に協力してくれる可能性はある。
ネフィリカにしても、アルサノークの復権を願っているなら、説得できる公算も高いだろう。
ただ、リデルの件といい、バール商会の件といい、どうもこの皇女様には自分とは折り合わないダークな面を感じるのが否めなかった。
「これは、オーリエ。貴女にしか出来ない仕事なの。是が非でもお願いしたいわ……それに引き受けてくれるなら、貴女自身やグレゴリ傭兵団が今後、悪いことにならないよう取り計らうことを約束するわ」
これだ……オーリエは心の中で嘆息する。
情ではなく損得で人を動かすのが新皇女の特徴と言えた。だが、それは決して悪い話では無い。不当な評価を下して報酬をケチるより、よほど良い雇い主だろう。
けれど、オーリエの性格では、それだと心の底から仕えようという気にならないのだ。
リデルであったなら……思わずそう考えてしまうオーリエだった。
「オーリエ?」
黙り込んで返事をしないオーリエにアリシアは不審げな目を向ける。
「…………謹んで、お引き受けします」
だが、オーリエの口から出た言葉は心とは真逆だった。
「そう引き受けてくれて良かったわ。もし、万が一にも貴女が突然いなくなってしまったら、きっと皆が悲しむところだったでしょう」
満足そうに笑うアリシアは、さらりと物騒な台詞を口にする。
(この人は逆らう人間には容赦しない)
オーリエは自分の判断が正しかったことを痛感した。
「すぐに出発できるように準備なさい。旅程はこちらで計画します。必要なものも用意させましょう。それと……」
アリシアは、カンディア行きに関して、あれこれ指示を出した後、オーリエに退出を命じた。
「それでは、アリシア皇女殿下。これで失礼します」
一礼したオーリエは、何の指示もされず居残っているアレイラを訝し気に見つめてから、皇女の前から辞した。
そして、アリシア皇女は無視し続けたアレイラの方に、やっと顔を向ける。
「あら、貴女まだいたの?」
「…………」
神経を逆撫でするような台詞に、アレイラは射殺すような目つきでアリシア皇女睨みつけた。
「冗談よ。まったく冗句も通じないんだから……残ってもらったのは、貴女にもお願いしたいことがあったのよ」
コロナのせいで、いろいろ迷惑を被っています。
早く終息してくれるとありがたいですね。
コロナには罹患してないですけど、忙しくて時間がないのに、新作書きたい病に罹ってますw
(もはや、春の風物詩かもしれない)
なんか、「なろう」が微妙にマイナーチェンジしてるみたいで、やりにくいです(>_<)
 




