その後の顛末……⑧
「……たぶん」
「たぶんかい!」
おっと、思わず突っ込んでしまった。
「正確に言うと、ある一定の外見年齢で成長は止まり老化はしない。病気や毒で死ぬことも無いし、老化しないから老衰で死ぬことも無い。ただ、不死身と言うわけでは無いので、武器で切られれれば怪我をするし、首を落とされたら死んでしまう。つまり、殺されることはありうるって話だ。お前さん自身のことは分からないが、少なくともロニーナはそういう体質だったらしい」
それって体質の問題なのか?
母さん、あんたいよいよ人間離れしてきたぞ。
いったい何者なんだ、って言うかどういう生き物だよ。
……ん? ちょっと待て。今、師匠は何て言った。
ある一定の外見年齢で成長が止まる……だと?
まさかオレの体形って、ずっとこのままのわけじゃないよね。
そ、そんなの……あんまりだ。
いや、落ち着け。夢に出てきた母さんは、今のオレよりもうちょっと大人だった。胸だって……たいして違いないわい!
「そう、落ち込むな。自分が人とは違う何かと知って、気落ちするのはわかる。だが、それは変えることのない事実だし、そのおかげで得られる力だってあるだろう?」
がっくりしているオレに、ユーリスは見当違いの慰めをする。
「今は、まだまだだが、お前さんの身体能力と戦闘センスなら、俺っちを超えるのはすぐの筈だ。世界最強を名乗れるのも近い将来だと思うから、自信を持て」
「あんまり嬉しくない」
オレは、ぼそりとこぼす。
他人が聞けば贅沢な話だと思うし、傲慢でわがままな言い草とも言える。
かつて聖石に世界最強を願ったくせに何を今さらと言われれば、その通りだと思う。
けど、何の苦労も努力もせず、その頂に手をかけていることに後ろめたさと罪悪感しか感じない。
だから、ちっとも嬉しくないのだ。
「その上、『不老不死』だなんて……」
時の権力者や英雄が渇望して止まない凄い力だけど、オレには不吉なものように思えてならない。
だって、友達も愛する人も先に死んで自分しか残らないんだぜ。
仮に新しく出来たとしても、その繰り返しだ。
精神的に、とてもオレには耐えられそうにない。
師匠の『相手の幸せを考えるなら、そいつのことは諦めた方がいい』っていう台詞もよく理解できた。一緒の時間を過ごせない人生は辛いものあるに違いない。
「けど、互いに理解しあえば、その限られた時間でも幸せになれるんじゃないかな。ほら、好きな人との間に子供でも出来れば、それだけで幸せを感じられるでしょ」
『不老不死』がもたらす厳しい現実は想像できたが、諦める選択が悔しくて、あえて前向きに言ってみる。
すると、ユーリスが物言いたげな表情でオレを見つめたので、オレは『言いたいことがあるなら、さっさと言え』と睨みつける。
「悪いが、そいつも無理な話だ」
「む、オレのようなちんちくりんには、そんなの無理だって言いたいのか?」
ユーリスの否定の言葉にオレは憮然として答える。
「いや、そういう意味じゃない。勘違いするな」
「勘違いじゃなきゃ、どういう意味だよ」
「まあ、ちょっと落ち着け。いいか、よく考えてもみろ。『不老不死』の生き物が子孫を残す必要があると思うか?」
「あ?」
確かに自分がずっと死なないのなら、子孫繁栄は必要ないかもしれない。
「確かに、あんまり無いかも……」
「いや、まったく必要ないだろう。だから、そもそも種として子を作るという想定はしていなかったらしい」
「でも、オレが生まれてるよ。理屈はわかるけど、おかしくない?」
「そう、想定はしていなかったが、ロニーナには生殖機能がちゃんとあったんだそうだ」
「せ、生殖機能……」
あからさまな単語に顔を赤くする。
「ただ、その選択には大きなデメリットが存在したのさ」
「デメリット」
「そうだ、ロニーナにとって子供を産むという行為は、新しい自分を作るのと同義なんだ」
「え……それって」
ユーリスの話の流れに不吉な予感しかしない。
「産まれてくる子供は母親の全能力を引き継ぐんだそうだ。だから、『不老不死』の力を失ったロニーナは、すぐに亡くなった……お前さんがロニーナの子供なら、母親同様に子を産んだら命を失う公算が高い」
「……」
オレはあまりのショックで言葉を失う。
まさか『不老不死』にそんな副産物があるなんて。
夫婦の幸せが子供を産み育てることだけでは無いと思ってるし、男の子で生きた時間が長くて妊娠や出産を今一つ身近に感じていなかったの事実だけれど、完全に否定されると、やはり厳しい現実に打ちのめされた気がした。
「か、母さんはそれを知っててオレを産んだのか?」
「ああ、もちろんだ。本人から直接聞いたから、それは間違いない」
「じゃあ、親父は……親父は知っていたのか? 子を産むことが母さんを失う選択だってことを」
「……デイルは、ロニーナが逝く寸前まで知らなかった筈だ。彼女が最後の最後まで明かさなかったようだし、俺っちはロニーナとの『剣の誓い』で口止めされていたからな」
当時を思い出したのか、ユーリスの顔が曇る。
「ほんと、辛かったぜ。デイルの奴が嬉しそうに生まれてくる子や家族三人の生活を語ってきた時は、表情を変えないでいるのが至難の業だったさ。後で黙っていたことがバレて、死ぬほどぶん殴られたけどな」
ユーリスは頬を擦りながら苦笑いする。
「まあ、自分を責め続けるあいつの憂さ晴らしになったなら、それはそれで良かったんだが……」
言葉の無いオレを気遣いながら、ユーリスは続けた。
「だから、デイルがお前さんを連れて帝都から逃げ出すことを決めたとき、俺っちは一も二もなく賛成したってわけさ」
問題はリデルの外見年齢のどのくらいで止まるかですけど、すでに実年齢より幼く見られているので、望み薄な気が……。
えっ、ゼロはいくつ×てもゼロだって……しーっ! それは言っちゃいけない台詞ですから。