その後の顛末……⑥
「母さんと親父の結婚にそんな裏話があったんだ。でも、その話だと母さんが結婚して皇妃になったら伯爵家の跡取り問題が解決しないんじゃないのか」
「いや、結婚しても伯爵の爵位はそのままだったらしいぜ。それで、ロニーナに何人か子供が産まれたら、一番武に優れた子を跡取りにする話に決まったようだ」
それじゃオレって、皇女がダメでも女伯爵にはなれるんじゃないのかな……って言うか、オレに義理のお祖父様がいたなんて全然知らなかった。
「で、そのガイラベロ家って、結局どうなったんだ? 母さんがオレを産んで、すぐに亡くなったから、跡継ぎができなくて断絶したのか?」
「いや、さすが武人というか脳筋というか、ご老体は今でも健在らしいぞ。いまだ、お眼鏡にかなう跡継ぎを探して国内の強者を物色してるらしい。お前さんが名乗り出たら、狂喜乱舞すると思うぜ」
「……止めとくよ。せっかく堅苦しい生活から逃れたところだし……」
今、会いに行ったら、お祖父様にガートルードの関係で確実に迷惑かけそうだしね。
でも、生前の母さんを知ってる人だし、ちょっと会ってみたい気もするけど。
「で、最後の三つ目の条件ってのは?」
オレは気を取り直して最後の条件について問いかける。
「皇太子直属の騎士団の創設さ」
「直属の騎士団?」
「ああ、せっかく武勇に優れた皇太子で戦場でも活躍できそうなんだ。直卒の騎士団があってもおかしくないと、大いにゴネたのさ」
「でも、それって……」
「そう、デイル自身が動かせる独自の兵力が欲しかったのさ。契約書は交わしたが、向こうの考え次第によっちゃ、すぐにでも消される運命に過ぎなかったからな。少しでも自分の立場を強化したかったんだと思う」
「そんな無茶な話、皇帝側が呑むはずないだろう?」
前の二つの条件も、けっこう大概な条件だったけど、最後のは極め付きだ。
固有の兵力なんて、いくらなんでも危険すぎて了承するとは思えない。
「俺っちもそう思ったんだが、驚いたことにそれが通っちまったんだ」
「そ、そんな馬鹿な」
オレの怪訝そうな表情にユーリスは苦笑する。
「ずいぶん甘いというか優し過ぎると当時は思ったもんさ。だが、甘かったのは俺っち達の方だったのさ」
悪夢を思い出すような顔でユーリスは続ける。
「皇太子直属騎士団を編成し終えたデイルを待っていたのは、対フォルムス戦への派兵だった。発端となったメルべヴェ城塞戦からずっと交戦状態は続いていたので、その前線を任されたってわけだ」
「いきなり前線指揮官?……かなり無理難題なんじゃない?」
とても今のオレでは真似できない、そう思っているとユーリスは意味深な笑みを浮かべる。
「これは俺っちの憶測だが、次々と厳しい戦場にデイルを送るデュラント三世は、もしかしたら皇太子に名誉の戦死を望んでいたのかもしれない。そうすりゃ、合法的に身代わりを抹殺できるし、英雄の死で帝国の士気も高まるってもんだろ」
何それ、めちゃ怖い話なんですけど。
けど、それなら直属騎士団を了承したのも納得できる。
「ま、それが結果的に向こうさんにとっては裏目になった訳だが……」
「え?」
オレの疑問のまなざしにユーリスは、その後の経緯を説明してくれた。
デイル率いる皇太子直属騎士団は南の対フォルムス帝国戦を皮切りに、西の対ディストラル帝国戦、北の対ニフィリート帝国戦と転戦し、それぞれの戦場で武勲を上げ続ける。
その過程で、デイルは遠征軍司令官として近衛騎士団を実質的に指揮し、ロニーナの養父のガイラベロ家の騎士団を始めとする有力貴族の騎士団を傘下に収め、まさに皇帝に対抗できうる勢力へと成長したのだそうだ。
しかも懸案だった継承権を争う二人の弟達からも、兄上が皇帝なら異存は無いと言わしめる始末だ。
ここに至って、デイルを排除するより利用した方が帝国に益が多いと判断したらしい。
密かに本物の皇太子が病死したこともあり、デュラント三世は自身の影響力が強い内に次代の帝国を安定させる布石として、デイルへ皇帝の座を譲ろうと画策する。
驚いたのはデイルの方だ。
生き残るために戦い続けた結果、皇帝の座を譲ると言われれば驚くのは当然だろう。けれど、皇帝は最初に身代わり契約を仰せ付けたときと同様、デイルに有無を言わせなかった。
デイルは固辞し続けたが、結局三世の思惑通りに事は運んだ。三世が『神帝』を称して君臨したままで、実質上今までの権力構造と何ら変化がないことがデイルの決断を促したのだ。
こうして、権力はあってもそれを行使できない皇帝が誕生した。
権力欲の薄いデイルにとって、それはさほど苦にはならなかったようで、両者の関係は当初比較的良好だったそうだ。
その関係に綻びができたのはロニーナにデイルの子が出来たあたりからと言えた。
子供を授かったことを喜ぶデイルに対し、デュラント神帝は生まれてくる子が男児であったならば命が無いことを告げたのだ。
苦悩したデイルは、もし男児が生まれたら帝国を揺るがす内戦となろうとも自分の持てる力を全て使い、神帝に抗うことを決意する。
しかし、生まれてきたのは女児でデイルがほっとしたのも束の間、最愛のロニーナを産褥で失ってしまう。
失意のどん底のデイルに神帝が突き付けたのが、例の有名な神託文『アリシア皇女は、自らと婚姻した公子に帝位継承権第一位を与える。ただし、皇女が二十歳となる日までにその権利を行使しなかった場合、皇女はその権利を失うと共に自らの帝位継承権も失う』というものだった。
皇帝の血を引かない娘に皇帝の血筋を入れることで、血統を正そうとする行為にデイルは愕然とするが、当時の状況ではそれを拒否する術がデイルには無かったのだという。
「その後のことは、お前さんも知っての通りさ。三世が急死し、帝国が混乱するのをデイルが何とか防ぎ、国内をかろうじて安定させた。そして、これ以後は大丈夫だろう判断し、娘共々逃げ出したところ、後を託した宰相が死んでしまい、皇帝の座を巡って帝国が内戦に陥ったって次第だ」
なるほど。やっと、親父が逃げ出した気持ちが理解できた。
成り行きで皇帝になった親父と、同じように成り行きで皇女になったオレだ。
その心境は、痛いほどよく分かった。
今週の更新です。
すっかり週一ペースになってしまいました。
体調が戻ったら週二に戻したいです。
説明文が長くてごめんなさいです。
もう少しで終わりますから。
後、知人から勧められたグレゴリウス山田先生の「竜と勇者と配達人」という漫画を読みました。
とても面白かったし勉強になりました。




