昔語り……⑦
「ん? 何かようか」
楽しみを中断されたのが面白くなかったのか、ロニーナは少しご機嫌斜めだ。後ろ髪を惹かれているような素振りを見せながらも、こちらに振り向くと「早く話せ」という顔をする。
「その……なんだ。ちょっと君に謝りたくてさ」
「謝る? お主に謝罪されるような案件は思いつかないのだが」
「と、とにかく此処じゃ、人の目もあるから部屋に戻って話してもいいかな?」
一瞬、「せっかく見晴らしが良いところにいるのに部屋に戻るだと~」という顔が見えた気がしたが、俺の真剣な様子にあっさりと態度を翻す。
「他ならぬお主の頼みだ。聞かぬわけにもいくまい」
どういうわけか、ロニーナは俺が真面目に言うと素直に聞いてくれるところがある。
今もそうだ。
本当は久しぶりに自然の風を身体一杯に受けて、開放感に浸っていたいだろうに、俺の頼みごとを優先してくれた。
何だか少し申し訳ない。
いつもユーリスに、お前はロニーナに振り回されてばかりいると言われるが、俺の方が彼女を振り回しているのが真実に近いのかもしれない。
俺は、俺とロニーナのために用意されたこの砦で一番立派な部屋に戻ると急いで言った。
「その……ごめんな。ずっと俺と同じ部屋に寝泊りすることになって……」
本をただせば、俺が謁見の場でロニーナは妻であると宣言したことが原因だ。しかし、ああでも言わないと、ロニーナと離れ離れになる可能性があったし、仮に一緒に行動できても、ロニーナの美貌だ。絶対にろくでもない連中に目を付けられるのは過去の経験から明白だった。無論、実力でそれらを排除することが彼女には可能だったが、そんなことをすれば俺達の仕事に齟齬が生じるのは避けられないだろう。
それに俺自身に対しても、看視の意味も含めて変な女を押し付けられる可能性もあった。俺だって一人前の男だ。そういう欲望がないわけでもないが、好きでもない女性とは願い下げだ。
特に、すぐ傍に意中の女性がいるのだから、尚更と言っていい。
そうした複数の理由から、俺はロニーナが嫁だと宣言した方が都合が良いと判断してあの場で宣言した次第だ。
まあ、多少の下心があったのは否めないが……。
ところが、ところがである。
あのダンフォードの奴! 気を利かせたつもりか、ご夫婦が別室では互いに寂しいでしょうとばかりに、あろうことか皇子と侍女はそういう仲であると周囲に吹聴し、道中もこの砦もことごとく同じ部屋に泊まらるという暴挙に出たのだ。しかも良いことしたでしょうと、どこかドヤ顔だし……いつか絶対に仕返ししてやる。
「同じ部屋で寝泊り? それがどうかしたか。効率が良くてけっこうな話ではないか」
そう……ロニーナ。君はそういう人だ。よく知ってたよ、うん。
だから、君は俺の苦しみに気がつかないんだよ。
俺はげんなりしながら、話を続けた。
「まあ、君が良ければ、俺は構わないけどさ。それより、もうこっちに墜ちて来て一年になるけど、本当のところ今の現状をどう思っているんだい?」
「どう……とは?」
ロニーナは不思議そうな顔をする。
「いや、こっちの世界に慣れていないのをいいことに、あちこち連れまわした挙句、おかしな仕事のせいで、こんな帝国の外れまで付き合わせてしまってさ。俺としては心苦しく思ってるんだ。実際、迷惑この上ない男だよな、俺って」
「デイル、それは違う。お主には感謝こそすれ、迷惑などと夢にも思っていない。あの時、我は心底途方に暮れていたのだ。お主の助力がなければ、我は今この世には存在しないだろう」
俺が卑下するとロニーナは俺を真っ直ぐ見て強い調子で否定する。
「…………」
その曇りない眼差しに俺は気圧され黙り込んだ。ロニーナの言い分は正直、嬉しいし救われた気持ちにもなる。だが、もし仮に俺と出会わなかったとしても彼女のことだ。きっと、どんな危険も困難もするりとくぐり抜け、今以上にこの世界を謳歌してるに違いない。
俺の表情から、そんな思考を読み取ったのか、ロニーナは彼女らしからぬ深いため息をついた。
「全くお前ときたら、本当に自分のことがわかっていないのだな。良いか、わたしにとってデイル、お前はな……」
ロニーナは常のような古めかしいしゃべり方でなく、俺に合わせるように、くだけた言葉遣いで言った。
「この世界のわたしの拠り所だ」
な、なに言ってるんだ、ロニーナ。
それって、まさか……。
「ずっと一緒にいなくて、どうすると言うのだ」
俺は不意打ちの言葉に思考が停止した。
「ん? どうしたデイル。何で黙っている?」
「か……」
「か?」
「固まりもするさ! いきなり、そんなこと言われれば!」
俺が顔を赤くして叫ぶと、ロニーナはきょとんとした表情になる。
「何を焦っているのだ。我は当たり前のことを申しただけだぞ」
そ、そこでそのベタなオチをつけるんかい。
俺は乾いた笑いを浮かべながらも思い出した。ロニーナに……この女に回りくどい会話は無駄だと。
だから、俺は意を決して言ってみた。
「なあ、ロニーナ。俺さ、実は君と最初に出会った時から…………ずっと、君が好きだったんだ」
「奇遇だな。我も初めからお主のことを好いておる」
俺の渾身の台詞にロニーナはさも当たり前のように返した。
俺の「好き」と彼女の「好き」にどれぐらいの開きがあるかはわからないが、現状では満足のいく答えだと俺には思えた。
「じゃあ、これからもよろしく」
「あい、わかった」
俺が手を差し出すとロニーナは輝くような笑みで俺の手を取った。
◇
「それよりもデイル。我に謝りたいと先ほど申したが、我よりユーリスに謝った方が良いのではないか?」
勢いとはいえ、我ながら恥ずかしいことを言ったと赤面しながら反省していると、ロニーナが通常モードで話しかけてくる。こっちが意識してるってのに、相変わらず普段どおりだ。
「ユーリス? 別にかまわないだろ、あいつのことなら」
俺が事も無げに言うと、ロニーナに窘められる。
「いや、何も言う素振りも見せないが、あれはあれで結構へこたれていると思うぞ。今の内に意思疎通を図った方が互いのためだ」
「そうなのか?」
俺は、ふと契約の場のことを思い出す。
皇帝陛下の一言で契約自体の成立は揺ぎ無かったが、書面での正式な契約については後日行ったので、俺はチーム全員での契約にこだわった。
あくまで、チームとして請負ったのだから、代表でなく全員で署名したかったのだ。
もちろん、契約内容をについても二人に詳細な説明を行い、もし請け負えないというなら、チームからの離脱も許すつもりでいた。
だが、今までも散々無茶なことをユーリスと二人でやってきたので、よもや奴が俺から離れるとは微塵も考えていなかったのも事実だ。
実際、契約の場でもユーリスは頭をかきながら「おめえが決めたんなら、とことん付き合うよ」と軽い調子で答え、躊躇する素振りも見せずに契約書に署名したので、今の今まで疑いもしていなかった。
さらに言えば、最近はロニーナに目が行きがちでユーリスのことをしっかり見てこなかった気もする。
「お主はユーリスに甘え過ぎていると思う」
ロニーナにはっきり言われ、どきりとする。
思い当たる節が山ほどあった。
でも……。
「どちらかと言えば、俺の方が奴の我がままを聞いてやってると思うけど」
「表面上はな。それだって、お主のためを思っての我がままも多いように思う」
思わず抗弁してみたが、ロニーナに即座に反論される。
「……わかったよ、ユーリスと少し話してみる」
言いたいことはいろいろあったが、俺はあっさり降参して、ユーリスとも話し合うことをロニーナに約束した。
まあ、これを機会に奴との関係を改めて考えるのも良いことだ――そんな風に考えていると、当の本人が息せき切って部屋に入って来る。
「お、ユーリス。ちょうど良いところに来たな。ちょっとお前と膝を交えて、じっくり話し合おうと思ってさ……」
「デイル、それどころじゃないぞ! 敵が……フォルムス帝国が攻めてきたんだ!」
俺は底意地の悪い運命の女神がほくそ笑んだような気がした。
切りの良いところまで更新したので、今回は長めです。
次回は現代(?)に戻ってリデル視点に戻ります。
いよいよ12月ですね。一年って早いなぁ。
インフルも流行ってきたので、皆様もお気をつけて!




