昔語り……②
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「デイルと申す者は、其の方か?」
依頼者という男がふんぞり返った態度で俺を見下す。家名も名乗らず爵位も示さないが貴族であることは間違いないらしい。最初に俺へ依頼してきた人物……依頼者の代理人を名乗る男がいちいちこの男の顔色を窺っていることからも明らかだ。
案内されて来たこの場所は、この貴族の別邸だそうで、下々の者と打ち合わせする時に使う屋敷との話だ。調度品や絵画がどことなく女性らしいので、大方この貴族が愛人でも住まわせている別宅と言ったところか。
好色そうにも見えるので、俺一人で来て正解だったと安堵する。ユーリスとロニーナを連れて来ていたら、きっと一悶着あったに違いない。
早く答ぬかと代理人が目で訴えてきたので、俺は深々と礼をしてから、神妙に答える。
「はい、仰せの通り、デイルと申します」
「ふむ……ミング、あの青二才が言ったのはこの男で間違いなのだな」
貴族は俺の返事を無視して、代理人の男――ミングというらしい――に不機嫌そうに尋ねた。
「間違いございません。ダンフォード様が目にしたという人物はこの者で間違いないかと」
「ならば良い。これで、あの青二才も満足するであろう。全く余計な手間をかけさせおって……とにかく用件は済んだ。後はミングと細かいところを決めよ。もう、お前は下がって良いぞ」
貴族の男は俺に対し興味が失せたように言い放った。
「あの、僭越ながら……」
「何だ! お前に話をするのを許した覚えはないぞ!」
俺がおずおずと尋ねると貴族は顔色を変えて声を荒げた。
「も、申し訳ありません。しかしながら、私どもはここに依頼をお引き受けするどうかの話し合いに参った筈なのですが、どうも話が違うように感じますが……」
まだ何も聞いていないし、受けるとも受けないとも言っていない。そもそも、こんな一方的なやり取りではとても信用がおけないし、契約を結ぶ気にもなれない。
俺が言外にその雰囲気を漂わせ、代理人に目配せするとミングさんとやらは真っ青な顔になる。ここで契約交渉が決裂すると彼の身の上に良くないことが起きるのは明白だろう。
けど、そんなこと俺の知ったことではない。
「どういうことだミング。こやつらは仕事を引き受けたのではなかったのか?」
受けるつもりだったが、あんたのせいでご破算になりそうだとは、とても告げられないだろう。
「う……」
可哀想に進退窮まったミング氏に同情しながらも、俺は救いの手を差し伸べるつもりは更々ない。ロニーナの予感に応えられないが、こんな奴の依頼を受けたら、試練や困難の前に俺の神経が持ちそうになかった。
けれど、救いの手は別のところから現れた。
扉をノックする音が響き、続いて使用人の声がする。
「ゲルマルク様、レットでございます。火急の用件がございまして……」
どうやらこの貴族の名はゲルマルクと言うらしい。
「なんだ、レットの奴か。全く何の用件なのだ、面談中というのに……ミング、仔細を確認しろ」
「はっ、すぐに」
ミングさんが扉まで小走りに赴き、扉越しにレットさんとやり取りする。内容を聞き、心なしか顔を青褪めてレットさんは大きく頷くとゲルマルク様とやらに近づいて耳打ちした。
「な、何だと!」
聞き終えたゲルマルク様が驚いて立ち上がる。
「いかがいたしますか?」
ミングが畏まって尋ねる。
「仕方ない。来てしまった者を追い返すわけにもゆくまい。ここにお通しせよ」
「畏まりました」
ミングは頭を下げると、扉の前で待機していた使用人に指示を与えた。俺は何が起こっているのかわからず、ぽかんとしているとミングが申し訳なさそうに説明する。
「実は……これから見えられる方が、本来の依頼者でありまして、旦那様はその方からある人物を探し出すよう、依頼を請け負ったのでございます」
なんだ、このお貴族様は単なる仲介者という立場なんだ。
待てよ、それだと今回の依頼って、下級貴族より上の方からの依頼ってことなのか? やっぱり、受けずに帰りたくなったけど、それが出来る雰囲気ではなかった。
そしてしばらくすると、使用人が一人の青年を部屋まで案内して来た。姿勢の良い長身の人物で、顔立ちは理知的で育ちの良さを感じさせる、いかにも文官と言った感じの青年だ。
だが、彼が部屋に入ってきたのに、ゲルマルクが立ち上がる気配を見せなかったので、上位の階級と言うわけでもないらしい。
「ゲルマルク男爵様、不躾な突然の来訪をお許し下さい。ことは一刻も争うことなれば、該当者が見つかったと聞き、居ても立ってもいられずに……」
「まあまあ、ダンフォード殿。まずは椅子にお掛けなさい。こちらの話はちょうど終わったところでな」
嘘付け、交渉決裂だっただろ。
あ、でも話は終わってたと言えば終わってたか、悪い方の意味で。
「恐れ入ります、ゲルマルク様…………で、こちらが例の?」
勧められた椅子に腰掛けて早々、ダンフォードさんとやらは俺に注目する。なにか凄く熱心に見つめられて、ちょっと恥ずかしい。
「あの……俺はデイルって言いますが、貴方様は?」
居たたまれなくなって挨拶すると、ダンフォード氏はにこりと笑って答えた。
「はじめまして、デイル殿。私は帝国行政府中等官のダンフォード・マーシャルと申します」
過去話は閑話的な話なので、すぐに終わると思います。
本編に戻った時、少し時間が飛ぶかも……。
体調下降気味ですが、更新頑張ります!




