前兆……⑧
「ん、どうしたリコラ?」
身体を離して、ユーリスがリコラさんの顔を覗き込むと、すでに優しそうなお姉さんの表情に戻っている。
「何でもないわ。二人とも、ぜひ寄っていってちょうだい」
「そうかい。悪りいが少し世話になる。さ、中に入るぜ」
リコラの変化に全く気付かないユーリスに続いて、オレはおずおずと屋敷に入る。
「お、お邪魔します」
「いらっしゃい。え~と……」
「リデルです。よろしくお願いします」
昔からこの手の女性は苦手なんだ。
だから、絶対に逆らわないようにするのが得策ってわかってる。
「あら、貴女可愛らしいわね。でも、ユー様の相手には、ちょっと子供過ぎるわね」
「はい、全くです」
初めから、そんな気なんて全然ありませんから。
「どうした嬢ちゃん、早くこっちに来い」
「い、今行きます」
勝って知ったる他人の家とばかりに、ユーリスはずんずん奥へと進んでいく。リコラさんもオレへの疑いが、ようやく解けたようで、親切に案内してくれた。
客間に通され、使用人がお茶を淹れてくれる。屋敷の大きさや部屋の調度品から見ても、かなり裕福そうな女性だと思うけど、いったい何者なんだろう
。
オレが考え込んでいる間、リコラさんはユーリスにしばらくベタベタしていたが、ユーリスは不意に居住まいを正すと、オレと二人きりで話をさせてくれるようにリコラに頼んだ。
駄々をこねるかと思われたリコラさんは、拍子抜けするほど素直に了承すると部屋から出て行った。ただ、去り際に「後で、ゆっくりね」とユーリスに妖艶な笑みを浮かべていたのが印象的だった。
モテ過ぎるのもなかなか大変だ。何事も過ぎたるは及ばざるがごとしって言うのを密かに実感した。
「で、嬢ちゃんは俺っちに何が聞きてえんだ?」
「その前に今までのこと、話させてよ」
オレは幼少期から親父の死、聖石のこと、ヒューやルマの武闘大会のこと、一旦は皇女に選ばれたこと、アリスリーゼのこと、血統裁判のこと……ユーリスに聞いて欲しくて長々と話した。
「ふむ、嬢ちゃんの身の上はよくわかった……それじゃ契約は、もう無効ってことだな」
オレの話を聞き終えて、ユーリスは感慨深そうにぽつりと言った。
「契約?」
「ああ、嬢ちゃんが俺っちに聞きたい話は、おそらく俺っちとデイルが結んだ契約に反する内容と思って心配したんだが、当事者が両方死亡している上に、秘密が秘密で無くなったのなら、契約に縛られることもねえと思ってね」
「意味がよくわかんないけど、話してくれるってことだよね」
「まあ、そうだな」
「じゃ早速、聞きたいんだけど、師匠はオレの親父が偽皇帝だって知ってたの?」
いきなり核心に切り込む。
「もちろん、知ってたさ」
ユーリスはさも当たり前のように答える。
「それどころか、デイルが皇子の身代わりになる契約の場に俺っちは立ち会ったんだからな」
な、何だって!
「ユーリス、それってどういう意味なんだ?」
オレは師匠呼びも忘れてユーリスに詰め寄った。
「いや、そのままの意味だが?」
オレの勢いに目を丸くして答える。
そのような反応をするとは思ってなかったようだ。
「おまいさん、あいつから俺っちのこと聞いてなかったのか?」
「聞くも何も、一介のそれも冴えない傭兵が名高い剣聖のこと話すわけないじゃないか!」
オレの不満げな声にユーリスは嘆息する。
「相変わらず、あいつは真面目なヤツだな。俺っちと昔馴染みだったことぐらい話してやっても問題ねえのに……」
いや、皇帝であった過去を隠してるんだから、そんな危険な真似はしないだろう。
さっきから、ひしひしと感じるけど、この人万事適当というか深く物事を考えず、直感で生きてる気がする。
ま、オレもあんまり他人のこと言えないけど。
ん、待てよ。今、昔馴染みって言った?
「師匠はオレの親父と古くから付き合いがあったの?」
それも皇帝になる以前から……言外にそう尋ねるとユーリスは懐かしそうに話す。
「あいつとはパライド(カイロニア南部の街)の片田舎で初めて会ってね。俺っちは傭兵見習い、デイルは親父さんと猟師をやってた。二人とも成人前で、すぐに仲良くなったもんさ」
ユーリスは少しバツが悪い顔をしながら続ける。
「今もそうだが、俺っちは剣だけが取り柄でなぁ。当時も俺っちに勝てるヤツが周りに一人もいなくて、見習いの癖にずいぶん思い上がってた。デイルは初めて俺っちに土をつけた男なのさ」
負けた話をしてるのにユーリスはすごく嬉しそうだ。
強過ぎて相手がいないというのは、それはそれで辛いことかもしれない。事実、オレもこの身体になって勝ち続けてばかりで、さっきユーリスに完敗したのが、ちょっと楽しく思えたのだから、気持ちはよくわかる気がした。
「そこから、二人してつるむようになってな。アデルおじさんが病気で亡くなってからは本格的に相棒になって、一緒に諸国を渡り歩いたもんさ」
何だか、オレとクレイの関係に似てるな。
たぶん、その時間は二人にとって、かけがえの無い時間だったのだろう。
ユーリスの表情がそれを窺わせた。
「で、師匠。親父は母さんと、いつ出会ったんだ?」
なかなか話に登場しないので、つい気になって聞いてしまう。
とたんにユーリスは渋い顔になる。
「実は俺っちも、よくわからねえんだ」
「え、何で?」
「……一時、デイルと喧嘩別れしてた時期があってなぁ。再会したら、引っ付いてた」
ひ、引っ付いていたなんて、虫か何かみたいに言わなくても。
「しかも、あんなんで俺っちより強ええなんて反則だ」
おそらく、男同士の仲間に女子が混じってきて、しかもめちゃ強いときたら、渋い顔になるのも当然か。
「とにかく、ロニーナのことは俺っちもよく知らん。とんでも逸話なら腐るほど知ってるがな」
「師匠の憤懣はよくわかったから、身代わり契約について話してよ」
「おう、そうだった」
オレの頼みにユーリスはようやく、それについて語り始めた。
失意のあまり、旅に出ます。
捜さないでください……。
嘘ですw
がっかりしているのは本音ですが、旅には出ませんw
けど、ちょっとお休みしようと思います。
今回で今章は終わりで、次章はユーリスの過去話になります。
予定では、リデルパパとリデルママが出てきますが、ストック切れと腰を痛めてしまったことから、しばらくのお休みと週一ペースに戻る可能性が高いです。
ご迷惑おかけしますが、よろしくお願いします。
必ず戻ってきますので、ご安心を……。




