前兆……⑥
「残念ながら、心当たりはたくさんあるけど、たぶん直近のあれかな」
ライノニア・アルセムの線が濃厚か。
ガートルードの差し金かとも考えたけど、あいつならもっと直接的に挑んで来そうな気がする。それに今までだって手を下そうと思えば、もっと良い機会はたくさんあった筈だ。
だから、一応ライノニア・アルセム絡みと結論付ける。
アルセム王国大使館に行ったのが呼び水となったのだろうか?
オレが考え込んでいると、ユーリスは興味深そうに言った。
「ふむ、厄介ごとを呼び寄せるのは母親譲りってえ訳かい」
「え、母さんもそうだったの?」
「おうさ。困りもんだった」
ちっとも困った表情でなく、逆に思い出し笑いをするユーリスにオレは呆れながら当面の問題をぶつける。
「それはいいけど、これどうすんのさ?」
足元の暗殺者の亡骸をオレは困惑しながら見下ろす。
「なあに、このままで構わねえさ。どうせ、身元のわかるもんなんざ持っちゃいねえし、官憲に引き渡しても向こうさんが困るだけさ」
「そんな無責任な」
「それに放っておきゃ、その内お仲間さんが回収に来るだろうよ」
別段、悪びれた様子も無くユーリスは淡々と言った。
変な人……。
オレが言うのもあれだけど、すごく変わった人だと思う。
人の生き死に何の感慨も持っていないように感じた。
たぶん、自分自身の命について同様なのだろう。
達観してるのか、何も考えていないのか……どちらなのか判断に困る。どちらにしても、あの博愛精神に溢れるヒューの師匠とは到底思えなかった。
どうしたら、この師匠からあんな弟子が生まれるのか不思議に思う。ヒューの修行時代、寝食を共にしていた時は、さぞかし苦労していたに違いない。
今度、会った時にヒューを労ってやろう。
「それはそうとユーリスさん。さっきの続きは、どうすんだ?」
オレは亡骸に死者を弔う聖句を呟いた後、影魔のせいで中断したユーリスとの闘いの再開について確認する。
「悪りいな、興が醒めちまった。またいつかやろうな」
「あ、そう」
ちょっと残念な気持ちもしたが、ユーリスの言い分も納得できた。これからって時に水を差されると、やる気が失せるのはよくあることだ。
けど、ユーリスの興が醒めたのはそれだけの理由では無かった。
「それに先ほどの闘いぶりで、わかっちまってな……」
ユーリスは片目を瞑り、オレに向かって言ってのけた。
「おまいさんは……強くねえ」
オレが強くない?
突然の言葉にオレは腹を立てるより先に呆れ返ってしまった。
先ほどの戦闘でオレの人外じみた強さを目の当たりにした筈なのに、そんな台詞が出てくるとは夢にも思わなかったからだ。
最近じゃ、まともに闘えるのはイクスやトルペンぐらいで、とても人とは呼べない連中ばかりで、オレも人間辞めますか? の域に達している。
そのオレを捕まえて強くない、とはどういう了見だろう。
「あの……ユーリスさん。さっきのオレの闘いぶり見ただろう。それでもオレ、弱いかな?」
半分、咎めるような口調になったのは、オレの心が納得できていなかった証拠だと思う。
「弱くはねえさ。でも強くもねえ」
謎かけのような答えにオレはむっとする。
「わかんねえようだな」
ユーリスはオレの不満げな目を見てニヤリと笑う。
「闘うのはまた今度だが、遊びぐらいなら付き合ってやる。どうだい?」
「もちろん、やる!」
ユーリスが本気でオレを強くないと思っていることがわかり、俄然オレは闘志を燃やした。
「元気が良くていいぜ。じゃあ、こうしよう。こいつが燃え尽きるまでに俺っちの服のどこかを掴めたら、おまいさんの勝ちだ」
ユーリスは懐から虫除けの薬草を取り出した。この草は火口のように簡単に火が付き一気に燃え出して虫を寄せ付けない煙を出すが、一定の時間が経つと一瞬で燃え尽きる性質を持っていた。なので、虫除け以外の用途として、室内では無理だが野外で時間を計るときに重宝すると聞いたことがある。
ただ、オレやクレイのような傭兵は屋外の作戦行動中はに火を焚くのが厳禁だったので、使ったことがなかった。
「それでいいかい?」
「うん、それで構わない」
ユーリスは興醒めとは言いながら、嬉しそうに火口箱から火打石を取り出すと虫除け草に火を付けた。しっかりと燃え移るのを確認するとユーリスは立ち上がり、オレの方へ向き直る。
「いつ掛かって来ても、いいぜ……」
次の瞬間、オレは神速の勢いで飛び出していた。
瞬く間にユーリスを掴んでオレの実力を認めさせようと思ったのだ。
けど、『掴んだ!』と確信し、伸ばした手は空を切った。
「え?」
オレの人間離れした動きをユーリスは、いとも簡単に躱したのだ。
すぐさま、気を取り直して再度ユーリスに挑む。
けど、何度やっても同じだった。
確実にオレの方が、速さも力も上だったのにオレの手はユーリスを掴む事ができない。まさか、オレの心を読んでいるのかとも思い、無心で攻撃しても変わらなかった。
わずかの差で、すっと避けられるのだ。
最初は逸る気持ちを抑えて……途中からは焦りで我を忘れ……やがて、虫除け草が燻る頃には、オレは呆然として足を止めていた。
何で、『老師』とか『師匠』が強いのは、お約束なのでしょうw
リデルくんには、良い経験になったと思います。
あと、「本好き……」と「平均値」第一話、見ました。とても頑張っていて(何故、上から目線?)、これからが楽しみです。




