前兆……③
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「ええい、何度言ったら、わかる! ここはお前のように下賎な者が来るところではないんだ。とっとと失せろ」
高級そうな布地の制服をびしっと着こなした門兵が剣を片手に、けんもほろろに言い放った。
ぐぬぅ……まさかオレの言葉を信じないどころか、書状さえ見てくれないなんて盲点だった。
オレはアーキス将軍の、今晩はぜひ逗留していって欲しいという懇願を振り切って、アルセム王国大使館に来ていた。
一刻も早く、将軍に書いてもらった紹介状でアデル祖父さんの情報を手に入れたかったからだ。
けど、いきなりオレの計画は頓挫していた。
伝統ある国であるアルセム王国は格式を重んじる。階級差や上下関係のしきたりが特に厳しく、身なりも地位に応じた形式にこだわっているとさえ聞いた。
門を守る門兵も他では考えられないほど、きっちりした立派な格好をしているのが、その証拠だ。
けど、それ故に上位の者が下位の者に対し、往々にして横柄な態度を取ることが多いと聞く。
今のオレの格好は最下層の者に見えるし、身分も門兵の言うところの下賎な者である傭兵風情だ。
だから、アルセム王国のお国柄、門前払いを食らわされる可能性は最初から大いに予想できた。そのため、アーキス将軍の紹介状をわざわざ取り付けたというのに、こともあろうに目の前の門兵はオレの姿を一瞥しただけで、話も聞かず追い払おうしているのだ。
会話が成立していないので、紹介状を受け取ってもうらうことさえ出来ないでいる。
「門兵さん、せめてこの書状だけでも目を通してくれよ。そうすれば、オレの言い分も……」
「何度言っても無駄だ。あっちに行け!このガキ」
だ、駄目だ、こいつ。人の外見だけで、全てを判断してる。
どんだけ、無能なんだ。
話をするだけ無駄と言っていい。
「ねえ、そっちの人はオレの話、聞いてくれるよね」
もう一人いる門兵にも駄目元で話しかけるが、こちらも同じ意見なのか面倒なだけなのか、一切無視を決め込んでいる。
「……はあ、仕方ないか」
どうやら押し問答しても埒が明かないことが判明したので、オレはため息をついて、一旦出直すことにした。ここで、ひと悶着起こしても良い結果にならないのは明らかだった。
ホント、アルセム王国の厳格な階級差別は聞きしに優るものだ。まあ、紹介状はあるので、門兵を突破できれば望みはある。
それに、こういうところの門兵は交代制だから、あの融通の利かない奴が変われば、取り次いでもらえる可能性だってある。
大使館で情報を得るという当てが外れたが、ひとまず、オーデイルさんの店に戻って、夕食と一夜の宿を取ることに決めた。
けど、『ほろ酔い亭』の扉を開けたオレを出迎えたのは、堪忍袋の緒が切れそうなオーデイルさんの姿だった。
「おい、カナレ(オーデイルさんの娘の名前)! いったい、何度呼べばいいと思ってるんだ。いいかげん、その野郎から離れろ」
仁王立ちのオーデイルさんは、こめかみをプルプルさせながら耐えている。今にも爆発して、カナレさんの前に座る客の男に掴みかかりそうな勢いだ。
夕飯時にはまだ少し早いので店内にいる客はまばらだが、皆びっくりして事の成り行きを見守っている。
「何よ、父さん。混雑する夕飯前のこの時間は、あたしの休憩時間でしょ。給仕を自主的に手伝ってるんだから文句言わないでよ!」
怒鳴られたカナレさんは、謝るどころか父親に似て喧嘩っ早いのか、大声で言い返す。
見れば、先ほどいなかったおばさんが他の客を給仕していた。どうやら、夕飯時の書き入れ時だけ近くの住人に手伝いに来てもらっているらしい。
たぶん、そのお手伝いが来ている時間を利用して、いつもカナレさんは休憩していたようだ。なのに、本来は店の奥で休んでいるはずの時間に特定の客の相手ばかりしていたので、父親の逆鱗に触れたという顛末だ。
言い争う親子に、どうしたものかと苦笑いしながら、オレは相手の男に興味が沸き、二人の間からそっと覗き込む。
男が静かに酒を飲んでいた。
飲んでいるのはヴォド酒というかなり強い酒だ。自分が原因というのに、全く関心を示さず、黙々と飲み干している。
綺麗な顔だ。少し優男風で女のような色気がある。
年齢は決して若くない。
けど、色白で痩せこけているのに、それを感じさせない力強さを感じた。
どうしてだろう?体格も決して大柄ではないのに。
そうか……目だ。黙って周囲を眺める深淵を湛えた目が野生動物のそれを思わせる。
暗い情念というか鬼気迫るというか、それでいて放っておけない危うさも感じた。
痩せ細った孤高の狼が静かに酒を飲んでいる……そんな印象だ。
男は、ふいと酒を飲み干すと、ゆっくりと立ち上がる。
「あら、もう行っちゃうの?」
気が付いたカナレさんが甘い声を出す。勝気で男勝りな彼女からは似つかわしくない声だ。
「ああ、酒が不味くなったからなぁ」
取り付く島も与えず、男はカナレさんの脇を通り過ぎる。
「安心しな。もう来ねえからよ」
睨み付けるオーデイルさんに飄々と答え、男は店から出ようとして、オレと視線が合う。運が良いのか悪いのか、ちょうど誰かが扉を開けたらしく、風が巻いてフードが捲くれあがっていた。
刹那、男の目が驚愕で見開かれる。
「おまいさんは……まさか」
え? 初対面の筈だけど、どこかで会ったっけ?
こんな印象深い人、忘れるわけないと思うけど……。
オレが盛大に疑問符を浮かべていると、カナレさんは男に追いすがるように叫んだ。
「待って、行かないでよ……ユーリス様」
そう、それが稀代の剣豪と名高いユーリス・ルフランとの初めての出会いだった。
やっと、お師匠様の登場です。
もう出てこないのかと、ちょっと冷や冷やしてましたw
これからの活躍(するかなぁ?)にご期待ください。
あと、新作ホラーは全く進んでません。
私にはホラーを書く才能がないようです(>_<)
まあ、怖いの苦手だから当然か……。




