別離……⑥
「リデル、大丈夫ですか?」
背中から、そっとオレを支えてくれたのはユクだった。
クレイの一族の話し合いに口を挟まず、ずっと静観していたユクがオレの様子に居ても立ってもいられず手を差し伸べたようだ。
「ユク……」
ユクの優しい顔を見たら、堪えていたものが我慢できなくなり頬を濡らす。
「リデルには、あたしがついてます」
ユクはオレを抱きしめると、キッとした表情でクレイ達を睨みつける。
「リデルを悲しませる人は、あたしが許しません。例え、それがクレイさんであっても同じです」
「ユク、俺はそんなつもりで……」
「現に泣いてるじゃありませんか。言い訳は見苦しいです」
弁明を試みようとしたクレイをユクは容赦なく切り捨てた。
ぐっと言葉に詰まったクレイを見て、今までユクと同様に沈黙を保っていたヒューが口を開いた。
「クレイ。私は部外者ですが、意見しても構いませんか?」
「構わないが、どうせあんたも俺のことを責めるつもりなんだろう」
「いえ、あくまで建設的な意見を提案したいだけです」
「勝手にしろ」
クレイの投げやりな返答を了承と判断して、ヒューは自分の考えを述べ始める。
「クレイ、納得しかねると思いますが、今回は弟さんの意見を入れて、実家に戻るのが良いと思われます」
「あんた、オレにリデルと別れろって言うのか!」
ヒューの言葉にクレイは顔色を変える。
「そうは言っておりません。ただ、このまま一族の方と敵対すれば双方に益が無いことは明白です。いや、率直に言えば彼らと敵対して生き長らえる自信が、私にはありません。それほどまでに、かの一族が強大な組織であることはクレイが一番よく承知してると思いますが……」
「それは……」
「ですから、ここは一旦申し出を受け、お父上にお会いした方が得策だと思います。いたずらに敵対するより内に入って説得する方が、まだ勝算があるでしょう。また、仮に説得に失敗しても一族の中で影響力を残したままでいる方が賢明だとは思いませんか?」
クレイはヒューの意見を吟味するように考え込んでいる。
「ところでクレイの弟さん……ラディク殿と申されましたか。名乗りが遅れて申し訳ありません。私は『ヒュー・ルーウィック』と申す者。武しか取り柄の無い浅学の身ですが、クレイ殿とは親しくさせてもらっております」
「いえ、そのご高名はかねがね耳にしておりますよ、『白銀の騎士』さま」
「それは恐縮です。それはさておき、ラディク殿に一つお尋ねしたいことがあるのですが」
「構いませんよ。僕の答えられることなら」
「では……『流浪の民』は皇女問題をどのように考えているのか御教授願いたいのです」
「それは良い質問ですね。頭に血が上って周りの見えなくなった誰かも、そのぐらい冷静に物事を見ることができたら、いらぬ諍いも起きないのですが」
「と言うことは、『流浪の民』の一族はリデルをどうにかしようとの意思はないのですね」
ヒューがラディクの発言の言葉尻を捉え、聞きなおす。
「端的に言えばそうなります。リデルさん自身も皇女と騙されていた訳ですから、罪には問えないでしょう。かと言って今までのような優遇はできませんので、良くて不干渉と言ったところですか。つまり、我々一族とは無関係な人間となった訳です」
「新皇女……新しいアリシア皇女はどうですか? あちらから、リデルに対して何らかの指示があったのではないですか?」
やはり、ヒューもオレと同様にガートルードの大神殿でのあっさりとした対応に、何か裏があるのではないかと疑っていたのだ。
『流浪の民』を抱き込みクレイを動けなくさせた上で、彼らの手を使ってオレを闇に葬り去る……そんな筋書きを想像したのだと思う。
「アリシア皇女殿下については、すぐにでも恭順を示し協力体制を築きたいところなのですが……諸般の事情でしばらくは静観する構えとなりました」
「新皇女の出自に何か疑いでも?」
「いえ、そんなことはありません」
何とも歯切れの悪い返答にヒューが疑問を投げかけると、ラディクは即座に否定する。
あまりの即答に返って胡散臭さを感じる。
「新皇女が後ろ盾としているバール商会と一族が営むゴルドー商会は長年の宿敵同士だからな。仲良く新皇女様を支えていくとはならないだろうさ」
皮肉めいた口調でクレイが裏事情を暴露する。
まあ、今までオレを庇護していたのだから、手のひら返しで向こうの陣営に加わろうとしても上手くいないのは当然だろう。
ラディクがクレイの発言で苦虫をつぶしたような表情をしているところを見ると、あながち的外れでもないようだ。オレのせいで失った失点を回復するのに頭を抱えているのかもしれない。
けど、これでハッキリした。
クレイが一族に従わないと大事になるが、従えば少なくともオレの安全は一族によって害されないということだ。
もちろん、『流浪の民』からの干渉や行動に限られるのだけど、彼ら一族の実力を考えれば、敵対した場合の生存率は無きに等しいだろうから、御の字と言えた。
だから、すでに結論は出ている。
あとは心の問題だった。
無事、何とか退院できました。
これからは無理せず、身体に気をつけながらゆっくりと生きていきたいと思います。
続きを楽しみにしている方、本当にありがとうございます。
とにかく、エタらないで完結まで頑張りたい思いますので、よろしくお願いします。




