偽皇女……⑩
とにかく、ガートルード嬢の宣言は謁見の間の皆に声にならない衝撃を与えた。
「あの娘の言うことは本当なのか?」
「いや、でまかせを言っているに決まっている」
「それならば、神殿に行って神具の真贋を確かめれば、でかまかせかどうかわかるのではないか」
「確かに……しかし、ここまでやって、そんなすぐバレる嘘をわざわざつくものだろうか」
「わからぬ、しばらくは成り行きを見守るしか……」
参列者達の右往左往する様を見て、かえってあたしは冷静になる。
あたしにとっての皇女はリデルだけだ。
他の誰でもない。
それに、万が一リデルが皇女でなくなっても、友達であることには変わりはないのだ。逆に、身分に捉われることがなくなるので、もっと一緒に居られる時間が増えるだろう。
そう思うと、急に心が軽くなった。
「どうかしら、見てのとおりよ。頭の固いケルヴィンにも、さすがに理解できたかしら」
たぶん、この謁見の間で一番衝撃を受けているであろうケルヴィンさんにガートルード嬢は意地悪く声をかける。
「ほ、本当に本物だと言うのか?」
「だから、そう言ってるでしょ。ホントに頭が悪いわね。納得できないんなら、大神殿の『天帝の間』に出向いたってかまわないわよ」
『刻血の儀』を行った大神殿の『天帝の間』には代々の皇帝の『護りの紅玉』が保管されている。
リデルの『護りの紅玉』の対になっているものがそこに保管されているように、彼女の持っているデュラント四世の『護りの紅玉』の対になっている紅玉も、必ずそこにあるはずに違いない。
それを確認しろと断言するところをみると、あの紅玉は間違いなく本物なのだろう。
もちろん、それが必ずしもガートルード嬢が本物の皇女であるという証拠にはならないのだけれど。
「な、何故、お前は……貴女は皇女候補召集の際に帝都へおいで下さらなかった。もし、いらっしゃれば、あのような者を皇女などに……」
思わず口が滑ってリデルをディスるが、あたし達だけにしか、その嘆きの意味は理解できないだろう。
「その時、この国に居なかったのだから、仕方がないでしょう。で、帰ってきたら私の偽者がいてびっくりしたわよ」
(言っていることに矛盾は無い。確かに帝国内にしか告知はしていなかった。果たして、この者の言っている通り、本当に皇女なのか?)
ケルヴィンの思考が、あたしの能力で透けて見える。
いけない……ケルヴィンさんも信じ始めている。
「そこでケルヴィン、貴方に少し相談があるのだけど、聞いてもらえるかしら?」
ガートルード嬢は怪しい笑みを浮かべてケルヴィンに、ゆっくりと近づいた。
「わ、私に何をさせようと言うのだ」
警戒心を顕にケルヴィンさんが問う。
「いえ、難しいことではありませんの。ただ、私が本物の皇女の可能性があると認めて、この場を収めていただきたいだけですわ」
「そんな馬鹿げた提案を、この私が呑むとでも思ったのか。見くびるにもほどがある」
話にならないと即座に断るケルヴィンさんをガートルード嬢は可哀想な人を見る目付きで嗜める。
「本当にいいんですの? 私は貴方のために言ってあげているというのに……」
「どういう意味です?」
「どういう意味も何も、この後の展開についてケルヴィン内政官はどんなお考えをお持ちなの?」
「それは……」
「よいかしら。私が四世の護りの紅玉を持っていること、そして宮殿にいた皇女が魔法によって化けていた偽者であること……これらの事実は覆せないことです。それは認めますでしょう?」
「不本意だが」
「そこでもし、貴方が事前にあの皇女が偽者であることに気付いていたことにしましょう。万が一そういうことなら、どうなると思いますか?」
「…………」
「おそらく、今回の偽皇女を使嗾したのは貴方だと誰もが思うでしょうね。つまりは大罪を犯したのは貴方だということになります」
「そんな戯言を誰が……」
「皆、信じるでしょうね。貴方の今までの強引な遣り口は、貴方が野心家であることを皆に周知してるのも同様ですから」
ガートルード嬢は心底痛ましそうに言う。
「これほどの大罪、貴方もその娘も死罪は免れないでしょうね。貴方ほど有能な人物がこんなことで命を落とすなど残念でなりません」
その台詞にケルヴィンさんの顔色がみるみる悪くなる。
実際、事実だけに言い逃れができないと思ったのだろう。
「ですから、提案ですの。貴方が私を認めてさえくれれば、今回の偽皇女事件に貴方が無関係だと証言して差し上げますわ。どうかしら、悪い取引とは思えないのだけれど……」
ガートルード嬢の言葉が終わらない内に、デイブレイク近衛隊長を先頭に警護兵が謁見の間になだれ込んでくる。
「デイブレイク隊長だ」
「やれやれ、これで助かった」
「さよう、賊ども一網打尽だ」
物々しい装備ときびきびとした兵の動きに参列者から安堵の声が聞こえる。
「兵達よ。賊を取り押さえ、皇女殿下と内政官殿をお助けしろ!」
デイブレイクが命令するのを横目で見ながら、ガートルード嬢は再度ケルヴィンに再度、問うた。
「さて、どうしますの?」
「…………提案を受けよう、アリシア皇女殿下」
やっと、本章が終わりました。
次章では、リデルが帰ってくる予定ですw
しっかし、なんでこんなに長くかかったのだろうか(>_<)
たまには、視点変更も良いかと思いましたが……ちょっと反省してますw
来週は、とても忙しくて更新をお休みするかもしれません。
先に謝っておきます、ごめんなさい。