新しい出会いはいかがですか?①
遺跡から脱出したオレはすぐにでも、カイロニア公国の公都ルマに向かいたかったが、クレイに止められた。
「お前、その格好で本当にルマへ行くのか?」
呆れ顔でクレイがため息をつく。
「え、何か変か?」
オレは服の裾をつまんで、自分自身を省みた。
多少、くたびれてはいるが汚くはない。
オレって意外に綺麗好きなんだ。
「全く問題ないじゃないか」
オレは自慢げに断言した。
「…………頼むから、俺の言うことを聞いてくれ」
それから、クレイに懇々と諭され、麓の村へ立ち寄ることを渋々承知させられた。
しかも、(奴の奢りだが)女物の服を買わせられる羽目になった。別段、オレは不自由を感じてないが、絶対に今のままではいかんとクレイに押し切られたのだ。
まあ、いいか。奴の金だ。
迷宮には幾ばくかのお宝もあったが、経費を考えると身入りの良い仕事とは言えなかった。
公都までのことを考えると、無駄な出費は極力避けたいのが本音だ。
全く……何を考えているんだ、クレイの奴。
村に着くと、一軒だけある仕立て屋にオレ達は立ち寄った。
服のセンスは全くないので、サイズだけ測ると、オレはそそくさと店の外へ逃げ出した。
クレイは店の主人とあれこれ相談しているようだった。
退屈だったオレは何か暇つぶしをと、辺りを見回すと、立てかけてあるクレイの剣が目に入った。
店内が狭いので入り口に立てかけたようだ。
クレイにばれないように、柄をそっと握ってみる。両手持ちのバスタードソードだ。以前のオレなら、長さと重さでもてあまし気味だったが、今は軽く持ち上げられた。
最初はやみくもに振り回していたけど、途中からだんだん本気になった。親父から叩き込まれた剣の基本技や足捌き、果ては剣舞まで舞ってしまっていた。
最後に型を決めて、止めていた息をゆっくりと吐き出した。
すると後方から、パチパチと拍手が鳴った。
「?」
振り返るとそこに、銀髪の背の高い青年が立ち、にこにこ微笑みながらこちらを見ていた。
「お見事ですね。思わず見とれてしまいました。覗き見するつもりはなかったのですが、あまりに素晴らしくて……無作法をお許しください」
丁寧な物腰の相手にオレは剣を構え、警戒しながら訊いた。
「あんた、誰?」
「これは、申し訳ありません。私の名はヒュー・ルーウィック。今は修行のため諸国を巡っている者なれど、決して怪しい素性の者ではありません」
「ふ~ん、オレ、リデル。よろしくな」
オレの物言いに相手は目を丸くする。
「なあ、あんた。ひょっとして騎士なのか?」
銀の甲冑に白いマント、極めつけは背後に佇む賢そうな栗毛の馬。
どこからみても、正統派の騎士様だ。
「いかにも、まだまだ若輩者ですが……」
闘う人よりも学究を志す学生に見える理知的な顔立ちに、優しい微笑を絶やさぬその姿は、オレの理想の騎士像とは違ったが、他の者に安らぎを与える力強さがあった。まだ若い風貌だが、落ち着いた青い目がその年齢を不詳にさせている。顔立ちは整っていて、男としては端正すぎるように思う。
はっきり言って、クレイよりは確実に美男子だ。
オレが言うのも何だが、女装すればきっと大変な美女になることは間違いない。
ま、大柄すぎるのが難点だが……。
「いや全く、せっかく遠路この村に訪れたというのに無駄足を踏むところ、こうして眼福に与れるとは、私も運がいいです」
騎士様は、なにやら一人納得している。
「無駄足?」
「ああ、すみません。変なことを言いましたね。私はこの村へある人物を訪ねてやってきたのですが、会えずじまいでしたもので」
「そりゃ、お気の毒さま……」
「ところで貴女は、ルマの武闘大会をご存知ですか?」
「…………もちろん」
当面のオレの目的だ。
「その大会で三連覇を成し遂げた剣闘士が、2年ほど前に引退し、この村に居を構えていましてね。ぜひ、お手合わせを願いたくてお訪ねした次第です」
狂戦士ラドベルク・ウォルハンか……。
こんな所に住んでたのか。
「相手にされなかったのか?」
「いえ、今度の大会に参加するらしく、既にルマへ向かったそうです」
「え! あいつ、復帰するの」
「そのようですね」
「全く……年寄りは大人しくしてりゃいいのに」
「そんなこと言ってはいけませんよ。彼は確かまだ30代半ばの年齢だった筈ですから」
どっちにしても、強力なライバルには間違いない。
これは予想外だ。
オレが苦虫を噛み潰したような顔付きでいるのに気付くと、ヒューは驚いたように聞いてきた。
「まさか、貴女も大会に参加されるのですか?」
「悪いか?」
「そんなことはありませんが、貴女のように美しくたおやかな女性が参加されるのは賢明なこととは思われません」
むかっ。
「おい、あんた。ラドベルクの野郎に挑戦しようって言うからには、腕には自信があるんだろ?」
「ええ、いささか」
「じゃ、オレと立ち会え!」
「……滅相もないことを。騎士としては、婦女子に剣を向けるなど許されてはおりません。ただ……」
オレは問答無用でヒューに剣を向ける。
「武を極める者として、先ほど垣間見た貴女の技量、確かめたいのもまた必定……」
「いいね、その単純明快な思考」
「一つ言い忘れましたが、今までに剣の師匠以外、他人に遅れをとったことはただの一度もありません」
にっこり笑って、ヒューがすらりとブロードソードを抜いた。
構えに隙が見当たらない。
こいつ、相当やる!
お互い剣を構えたまま、間合いを詰める。
相手がプレートアーマーを着ている以上、切る攻撃は有効ではない。オレの得物の特性と今の腕力を考えると、力任せにぶん殴るのが一番効果的だ。
問題なのは、当てられなかった時が最大のピンチになる。
オレがそのタイミングを計りながら、じりじりと近づいていると、いきなり後ろから声をかけられた。
「悪いが、闘いなら武闘大会でやってくれ」
振り向くと大量の服を抱えたクレイが呆れ果てたようにオレとヒューを見つめていた。