偽皇女……④
元々、リデルに対する物言いや扱いに不満を抱いていたシンシアさんにとって、ケルヴィンさんは不倶戴天の敵と言ってよかった。
なので、彼に対する言動は傍から見ていると、ひやひやするほど手厳しい。リデルのいた頃は、二人の間をリデルが取り持っていたので、直接対決は免れていたけど、今のあたしには荷が重すぎた。
「シ、シンシアさん……もう少しケルヴィンさんに対して言葉を選んだ方が……」
あたしが、心配して小声で忠告すると、シンシアさんはきっぱり言い切った。
「リデル様をないがしろにする輩に容赦の必要などいりません。地獄に落ちて反省すればよいのです」
「……そ、そうですか」
あたしからすれば、シンシアさんのリデルに対する言動も、かなりのものだと思うけど、自分は良くても他人は許せないようだ。
どれだけ、リデルが好き過ぎるのだろう。
結局、ケルヴィンさんのお株を奪う形でシンシアさんが帝都の現状を説明してくれた。
それによると、皇女が帝都に帰還したことや、それに伴うカイロニア・ライノニア陣営の対立状況が収束してきたことで、帝都の機能が急速に復帰しつつあるのだそうだ。
そのため、周辺の貴族や両陣営の有力貴族が大挙して帝都に集まっているとのこと。
もちろん、目的は皇女殿下と誼を通じるためだ。どちらの公子が皇女と結婚して新皇帝に即位するかは現時点では不明だが、その選択の鍵を握る皇女に顔をつなげておくのは最重要と判断したらしい。
それで、連日の謁見希望や連夜の晩餐会への招待が、こんなにも多かったんだ。
「ええ、皇女殿下が病弱を理由に謁見や晩餐会にお出にならないので、余計に皇女との面談を望む声が白熱してきている模様です」
だから、あの貴族達も、わずかの隙を突いて面通しを強行してきた訳か。
今まで見向きもしていなかった帝都に、利があると思えば手のひら返しで群がってくる――ケルヴィンさんが灰色狼と蔑むのもわかる。
それに、自分が権力を握るためとはいえ、崩壊しかけていた帝都を必死に維持してきたケルヴィンさんからすれば、『今さら虫が良すぎる』という思いもあるのだろう。
人柄や人間性はともかく、彼の業績は確かに賞賛されるべきものだと思う。
「とにかく、お前がしくじれば全てはご破算になることを肝に銘じておけ……それにしても本物の皇女はいったい、どこで何をしてるのだ。本来なら、もう戻ってきてもおかしくない時期だというのに……」
ああ、それは無理です、ケルヴィンさん。
あのリデルが寄り道せずにお使いできるわけないじゃないですか。帝都から出た時点で諦めてますよ、あたし。
「そうそう、それともう一つ伝えておかなければならないことがある。皇女の謁見が久方ぶりに行われるため、謁見の間には謁見を受ける者以外にも多くの参列者が集まっている。謁見の機会を持てなかった貴族どもが皇女を一目見たいのだそうだ」
◇
侍従の案内で謁見の間に入ると、一斉に視線を集めた。
目に見えない圧に、一瞬気後れして無意識に後ずさると、シンシアさんが、そっと背中を支えてくれた。
「シ、シンシアさん……」
思わず振り返ると、シンシアさんは『私がついています』という目をしながら、頷いてくれた。それを見たあたしは、小さく深呼吸をしてから、前をまっすぐ向くと一歩踏み出す。
「 アリシア・プレジィス・イオ・デュラント皇女殿下のご入場でございます!」
儀典官が高らかに名乗りを上げるのを聞きながら、あたしは謁見の間を進んだ。
謁見の間は大きな長方形の部屋で、玉座の置かれる奥の方が舞台のように高く造られていた。玉座から下の床までは幅の広い階が段々になっており、謁見される者は上から見下ろされる形になる。
あたしは玉座の袖に設けられた皇族専用の入り口から入って、皆の耳目を集めながら階の上の玉座へと向う。さすがに皇帝の玉座に座る訳にはいかないので、玉座の前に皇女用の立派な椅子が置かれていた。
内心では絶対に転ばないようにと、どきどきしながら歩を進めていたのだけど、周囲の目には優雅で楚々とした印象を与えたようだ。
ざわついていた参列者が、徐々にあたしの姿に引き込まれ静まり返っていく。とても顔を向けられないけど、たくさんの視線が食い入るように、あたしを見つめているのを感じた。
こ、怖い……それに足がもつれそう。
舞台役者は注目を浴びれば浴びるほど、テンションが上がって結果を出せると聞いたが、とてもあたしには無理だ。
リデルなら看板女優になれるかもしれないけど。
ゆっくりと、けれどしっかりした足取りで皇女用の椅子に向かい、そこに達すると、あたしは優雅な仕草で豪奢な椅子に腰掛けた。
(なんて美しい、噂以上じゃないか)
(これが、高貴の血のなせる気品なのか)
(病弱と聞いていたが元気そうで良かった)
(とにかく帝国の未来はこれで安泰というものだ)
(可愛い! 皇女殿下、マジ可愛い)
(たかが小娘だ、さほど心配することもない)
静かな参列者から、様々な思念が立ち上り、あたしの心にのしかかってくる。さしずめ、聞きたくも無い不協和音を無理やり聞かされている感じだ。
今日ほど自分の能力を呪ったことはない。それほど、雑多で狂おしい思念の渦だったのだ。
リデル不在のお話も新鮮で楽しいですw
たまには、こういうのも悪くないですね。
別視点のスピンオフを書きたいと常々思っていましたが、それを書いている時間があったら、本編を進めようと考え直し、外伝は書いてきませんでした。
なので、今回の試みはなかなか良かったのではないかと思っています。
頻繁な視点変動は避けますが、またこういう機会があればと考えていますので、お楽しみにしてくださいね。