偽皇女……②
◇
「え? 謁見ですか」
ケルヴィンの突然の言葉に、あたしは鸚鵡返しで答える。
「ああ、急な話で申し訳ないが、すぐに用意をしてくれたまえ」
本当に急な話だ。確か、今日は何の予定もなかったはずなのに。
なので、トルペンさんに特別頼んで魔法を解いてもらい、非番のオーリエと久しぶりに買い物に行こうという話になっていたのだ。
護衛として、いつもあたしに張り付いているのにプライべートでも一緒に行動してもらうのは申し訳ないとオーリエに言ったら、怒られた。
『今日は【ユク】と出掛けるんだ。皇女様とじゃない』オーリエは、そう言ってニヤリと笑って見せた。
こういうところが、リデルの言う『オーリエは男前』なのだろうか。
別に男っぽくはないけど、確かにかっこいい。
ちょっとドキドキもした。
そんなわけで、オーリエとの外出を楽しみにしていたら、突然ケルヴィンさんがやって来て来客を告げられたというわけだ。
それも私的な会見でなく公的な物のため、謁見の間を使用するのだという。
それはつまり、お得意の病気を理由にすっぽかすことのできない類の行事であることを意味していた。
「わかりました。すぐに支度いたします」
一瞬、残念に思う気持ちが生まれたが、すぐに気を取り直すとケルヴィンに了承の意を伝える。
オーリエとは、またいつでも外出できるだろうから、お仕事を優先しないと。
あたしは、シンシアさんの手を借りて、外向き用の衣装に着替え、念入りに化粧をすると謁見の間に向った。
道すがら今から会う人物の情報をシンシアさんに教えてもらう。本当は、例の力を使えば、謁見中でも情報は手に入れられたが、事前にある程度の情報は必要だ。
それに、リデルのためなら、この力を惜しまないと決めたけど、できるだけ使いたくないというのも本音なのだ。
「バール商会ですか?」
「はい、そこの会頭のご令嬢だそうです」
初めて聞く商会の名前に首を傾げる。
「それが公的な謁見に?」
商会のお嬢さんなら、わざわざ謁見の間を使って会わなくても……そんな風な表情をしているとシンシアさんが補足説明をしてくれる。
「バール商会は帝国内でも屈指の商家で、貴族家相手に多くの貸付を行っていると聞いています。つまり、帝国では隠然たる力を有しているというわけです」
「なるほど、多くの貴族達が借金している相手ということですね」
「ええ、有体に言えば、そうなります。しかも、今回は公的な手続きを経て、バール商会として皇女との謁見を求めてきています」
ああ、それならケルヴィンさんが断れないのもわかる。
貴族達と繋がりを深めている現在、絶対に敵に回したくない相手なのだろう。
「皇女に会って、どうしようと言うのでしょう?」
「さあ、そこまではわかりかねます。ただ……」
「ただ?」
「クレイ様、すなわちゴルドー商会が皇女帰還に一枚かんでいることは承知の上の謁見だと思われます。熾烈な商売敵でもありますので、おそらくその辺りの確認に来たのではないでしょうか」
「納得です。でも、どうしてご令嬢なのですか? 店の代表でも良かったでしょうに」
「たぶん、皇女様相手なので、同じ年頃の娘でも派遣して友誼を結ぼうとでも考えているのでは」
やはり、バール商会とは因縁があるのか、ゴルドー商会出身のシンシアの返答はそっけない。
けど、聞きたいことは一応聞けたので、あたしもそれ以上は聞かずに謁見の間へと向うことにした。
「どうかしましたか?」
あたしが口元に浮かべた笑みを見つけると、シンシアが不思議そうに尋ねる。
あたし達は、謁見の間の裏にある控え室で待機していた。準備が整い次第、謁見の間に移動する手筈となっていたが、今しばらく、時間がかかるようだ。
「いえ、すみません。少し思い出し笑いをしてしまったもので……」
「何か楽しいことでも?」
「はい、そう言えば、シンシアさんはあの『夜の大冒険』には参加していないのでしたね」
「ああ、リデル様の『幽霊探し』ですね。ええ、私は留守番でした……それが?」
「あの時、謁見の間にも入ろうとしたのですが、閉鎖されていて結局入れなかったんです。それが懐かしくて……知ってました? リデル、実はお化けや幽霊が大の苦手だって。謁見の間の血塗られた過去や、それに纏わる呪いや幽霊の話を真剣に怖がっていましたよ」
「実にリデル様らしいですね。あの方、そういう可愛いところがありますものね」
あれ、シンシアさん、そこ笑うとこだと……デレてますよ。
さすが『リデルマスター』(?)の称号は伊達じゃないですね。
「む、何か変なことを考えていませんか?」
「いえ、別に……」
あたしは慌てて口を濁す。
ホント、シンシアさんにも、あたしと同じ能力があるのではないかと、時々疑いたくなってしまう。
それにしても……すでに何度か謁見の間を使用していたというのに、こんな風に突然あの時のことを思い出したのは、後から考えると、やはり何か虫の知らせだったのだろうか。
最初の方を少し手直ししました。
わかりずらいところや誤字を訂正したつもりです。
これからも気向いたら、修正していきたいと思っています。
よろしくお願いします。
P.S. それにしても、この夏の異常気象のせいでヘロヘロになってます。
早く秋になると良いのに……(>_<)