レイモンド邸にて……①
「なあ、クレイ。やっぱり会わなきゃ駄目かなぁ」
「それは、そうだろう。せっかくアリスリーゼにまで来たんだ。会わないで帰るってのは、さすがに無理だと思うぞ」
「う~ん、出来れば会わずに済ませたかったんだけどな……そうだ! オレがここに来たことを内緒にすれば……」
「いいかげん諦めろ、今夜はレイモンドの屋敷に泊まる予定なんだ。内緒に出来るわけないだろう」
そうでした。レイモンド邸は、今や彼女の支配下にあったんだっけ。
「はあ~っ、気が重いなぁ」
「まあ、そう言うな。一応、数少ないお前の血の繋がった肉親になるんだから」
本来の目的であるアリスリーゼ皇女直轄領と帝国海軍をつつがなく傘下に収めたオレ達には、もう一つやらねばならないことがあった。
そう、それはオレのお祖母ちゃんにあたる『レリオネラ皇太后』に会うことなのだ。
普通なら、(オレは全く覚えていないが)久しぶりに会えた喜びを分かち合うところだけど、件の人物との再会は一筋縄ではいかないとオレは考えていた。
何故なら、それはレリオネラ皇太后の人となりと数々の逸話によるものだ。
彼女は高位の貴族にありがちな、爵位や格式を重んじるがちがちの血統主義で、行動や言動にかなり曰くつきの人物と言って良かった。
「確か、アルセム王国の出身だったっけ?」
「ああ、その通りだ。アルセム王国の第一王女として生を受け、デュラント三世の皇妃として、この国に嫁いでこられたと聞いている」
アルセム王国というのは、ライノニアの南側に位置する王国で、帝国の前身であるデュラント王国の時代から隣国として国交を結んでいる歴史のある古い国だ。
というか、デュラント王国自体がアルセム王国から分かれて成立した国らしく、アルセム側から言わせれば、デュラントはアルセムの分家筋と言うことになるらしい。
もっとも、デュラント王国は、その後大陸のほとんどをその版図にする帝国として隆盛したので、おおっぴらには主張することはなくなったが、アルセム人の心の中ではその思いが今も根強く残っているそうだ。
そんなわけで、血統第一主義のアルセム王国出身のレリオネラ皇妃が皇宮で、どのような振る舞いであったか想像に難くない。
しかも、その当時の風評では世界一の美姫であったらしい。その上、頭も切れ政治力もあったのだそうだ。なので、レリオネラ王女を妻にと求める各国の世継ぎは後を絶たなかったと聞いている。
そんな中から、レリオネラはデュラント三世を選んだ。大陸を制覇していた往時ほどの勢いは無いが、大陸で最大の版図を誇るデュラント帝国次期皇帝の正妻の座を選択したのは、気位が高く上昇志向の強い彼女にとっては当然の帰結だったのかもしれない。
そんなわけで、絶大な権勢を誇ったことで知られるオレのお祖父さんであるデュラント三世が唯一頭が上がらなかった人物として記録に残っているのは有名な話だ。
しかし、そんなレリオネラ皇妃にも大きな弱点があった。
それは、子供が出来にくい身体だったことだ。
かろうじて、嫡子であるアイル皇子(後のデュラント四世。アリシア皇女ことオレの父親)を産んだが、病弱のため成人するまで持つかどうか当時は危ぶまれていた。
そのため、帝国は急遽、こちらも古い国として知られるエントンランド連合王国の第三王女を側妃として迎えることにしたのだ。
レリオネラ皇妃は最初烈火のごとく怒ったが、帝国の存続に関わる大問題であり、自分にも子宝に恵まれないという弱みがあったため、最終的には黙認することとなった。
巷では、側妃のルシェリカ第二皇妃が丈夫な身体ではあったが、レリオネラ皇妃より器量が劣っていた(もちろん、ルシェリカ王女もかなりの美女である)ことで、三世の自分への愛が揺るがないと思ったのも黙認の理由の一つと言われている。
やがて、ルシェリカ側妃は周囲の期待に応え、二人の皇子をもうけた。双子であるライル皇子(後のライノニア公)とカイル皇子(後のカイロニア公)である。
それはレリオネラにとって、面白くない結果と言えた。
しかも、アルセム王国では双子は畜生腹(動物が複数の子を産むことから)と忌み嫌われていたので、ルシェリカが双子を産んだことを心底蔑んだのだという。
が、一方のエントランド連合王国では、過去に双子の王子が互いに協力して国難を乗り越えたという伝承があり、双子の誕生は吉兆と捉えられていたのだ。
そのようにレリオネラ皇妃とルシェリカ側妃とは終始、相容れない間柄だったと言われている。
その後、病弱であったオレの父親のアイル皇子が、奇跡的に健康を取り戻し、皇帝になった折にはレリオネラは歓喜のあまり涙を流したという……後に夫であるデュラント三世が亡くなった時には涙の一つも見せなかったというのに……。
そんなわけで、レリオネラ皇太后はオレの親父であるデュラント四世が急死(と思われた)し、双子の皇子に継承者戦争が起きた際には、どちらの継承も認めず自分が帝国の舵取りをすると帝都に居座ったが、元々の人望の低さから協力を申し出る貴族が少なく思い通りにはならなかったそうだ。そして、戦火が帝都にまで及ぶと、ここアリスリーゼに避難してきたという経緯がある。
オレが、お祖母様に会いたくない気持ちもわかってくれるだろう。
前回はお休みして、ごめんなさい。
体調も戻り、元気になりました!
ご心配おかけして申し訳ありませんでした。
さて、新章です。もうすぐアリスリーゼ編も終わる予定です(たぶん……)
そうなれば、いよいよ後半戦になります。
伏線の回収に忙しくなりそうですw
新作書きたい病は治まったので、完結に向けて頑張ります。
追記 リアルの環境の変化で週一更新になることがあるかもしれませんが、よろしくお願いします(>_<)