辺境の村の秘密……④
「しかしだな。お前の言い分はもっともだが、アエル達のことを考えれば、これが最善の方法で……」
「そんなことわかってる。クレイの考えたことが間違ってるなんて思ってない。いや、間違ってないって信じたいよ。でも、それならなんで……」
相談してくれなかったんだ――――オレの言葉にクレイは黙り込む。
「そんなにオレのこと信用してないのか? 確かに考え無しだし、短気だけど、相談するのに値しないほど馬鹿だと思ってるのか?」
駄目だ……こんなこと言いたくないのに、言葉が止まらない。
「お前はいつだってそうだ。勝手に決めてオレに強要する」
違う……オレがいつもクレイに頼って決めてもらってただけだ。
「いったいお前は、オレの何なんだ!」
吐き出した言葉に後悔したけど、もう遅い。
激情に駆られ、出してしまった大声が辺りに響くが、すぐに静寂が戻る。ヒューが身じろぎしたので目を覚ましたのかもしれない。
「クレイ……」
我に返ったオレは恐る恐るクレイを見る。
クレイは、ゆっくりと立ち上がると膝をついた。
「私は貴女様の忠実なる僕でございます」
クレイはサラの前にも関わらず、貴人に対する礼をオレに行った。頭を垂れているので表情は、まったく窺えない。
「クレ……」
「出過ぎた真似をいたしました。どうかご容赦を」
遮るように言うクレイに、オレはしでかした過ちに血の気が引き倒れそうになったが、サラがそっと支えてくれた。
「クレイ君、リデルちゃんも悪いが、君もちょっと大人気ないぞ」
サラが非難の目を向けると、クレイは膝を折ったまま答える。
「いや、リデル様の仰るとおりだ。良かれと思ってしたことではあるが、不忠の謗りを受けても仕方がない仕儀だと私も反省している」
「ホントに意地悪な奴だな」
サラは、ため息をつくとオレに向き直った。
「仕方ない。クレイ君の本音をあたしが代弁してやろう」
クレイの本音?
打ちひしがれていたオレは、その言葉に顔を上げる。
「サラ、それはどういうこと?」
「それはだね……」
「サラ、それ以上は言わなくていい。今回の件は俺に非があった、それだけのことだ。言い訳の必要はない」
クレイがオレにではなくサラに対して意見を差し挟む。
「……なんて言ってるけど、どうするリデル?」
「頼む、話してくれ、お願いする」
オレが頭を下げたのでサラは、もう一度クレイに尋ねる。
「君の主本人がそう希望してるんだ。話したって構わないだろ?」
「勝手にしろ……リデル様、言っておきますが、彼女の言う戯言が私の本音などと決して思わないでいただきたい」
「ホント、頑なだねぇ。ま、いいけど。それじゃ、説明するよ」
サラはちらりとクレイを横目で見てから、オレに向って話し始めた。
「まず、言っておきたいのは、リデルが思っていたようなことはクレイは百も承知なんだ。けど、彼はあえてそれに目をつぶって取引を行ったんだ」
「何だって?」
「もし、クレイがリデルの考えているように村長達を裁きたいと思っていたなら、やりようはいくらでもあったんだ。例えば、クレイかキースのどちらかがカンディアに戻って告発することだって出来た。役人を連れて来れば、動かぬ証拠があるんだから、彼らの有罪は確定だよね」
「じゃあ、何でそうしなかったんだ……」
「決まってる、君のためさ」
は? 言ってる意味がわからない。
悪事を見逃すことが、どうしてオレのためになるんだ?
オレの不審げな表情を楽しそうに見つめ、サラは続けた。
「君に相談しないで、勝手にことを進めたのも同様の理由さ。リデルに前もって真相を話せば、きっと君は彼らを許さないだろう?」
「当たり前じゃないか!」
息巻いてオレが言うと、サラは急に真面目な顔になって言った。
「そう言うと思ったよ。でも、この事件が公になれば、どういうことになるか、リデルはわかってる?」
サラは悲しげな目で、オレをじっと見つめた。
「わ、わっかてるさ。村長達は処罰され、財宝は持ち主の家族の元に戻るんだろう」
オレはサラの目が気になりながらも、さも当然と言う風に答える。
「そうだね、リデルの言うとおりになるだろう。けど、決してそれだけでは終わらないんだ」
「終わらない?」
「そう、村長の行ってきた悪行は村長だけのものじゃない。おそらく、この村全体が関わってきたのだと思う。もちろん、直接・間接の違いはあるだろうし、関わりの浅い深いや知っている知らないの差もあるだろう。でも、この村全体が恩恵を受けていたことは間違いないんだ」
「そ、そうかもしれないけど、それがどう影響を及ぼすんだ」
サラは目を伏せて静かに言う。
「この件に関わった村人……すなわちこの村の者全員が極刑になるだろう」
「そんな……」
馬鹿な……と言おうとしたが、昼間見た無邪気な子供達の笑顔が目に浮かんで声が小さくなる。
「あたしも言いたくはないが、この世界の人間の命は等価じゃない。貴族と平民では命の価値が違うんだ。だから、平民が侯爵家の人間を殺害したら厳罰に処せられるのが一般的だ。今回のケースでは、それに加えて財産も奪っている……一族郎党はもとより、利益を供与された村全体が処罰を受けるのは当然の帰結だ」
思ってもいない結果にオレは気が動転して言葉が覚束なくなる。
「そ、じゃ……事件が公になったら、あの子達やおばちゃん、おじいさんも刑を受けるってことなの……」
「見せしめの意図もあるから、そうなる公算が高いだろうね。しかもそれだけじゃない」
「まだ、何かあるのか?」
「こういった事案が他にもあるのではないかと、近隣の村々まで捜査の手が入るだろう。その過程で、似たような案件が発覚するかもしれない。そうなれば、その村も同様に裁かれることになるだろう」
「…………」
サラの説明にオレは言葉を失う。
「そうなることを想定した上で、クレイ君は村長と取引をしたのさ。君が思い悩む姿を見たくない一心でね」
「サラ、君こそ意地悪だな……」
話し続けるサラに不意にクレイが口を開く。
「仮定の話でリデルを追い込むのは止めろ。顔色が真っ青になっているじゃないか」
クレイはサラに苦言を呈するとオレに向って、いつもの口調に戻って優しく言った。
前回はお休みして申し訳ありませんでした。
インフルではなかったのですが、家族中蔓延してしまったので、書く時間が取れませんでした。
ごめなさい。
いろいろごたごたしているので、前触れも無くお休みすることがあるかもしれませんが、ご理解ください。
読者の皆様もお体お大事にしてくださいね。