今のあなたの目標を安心サポート!②
悩めるオレが議論に加われず、取り残された気分でいると、再びノックの音がした。近くにいたオレが扉を開けると、宿の主人が申し訳無さそうに顔を出す。
「ルーウィック様、今よろしいですか? お客様が来ておりますが、いかがいたしましょうか?」
論戦が途切れ、一瞬の沈黙が訪れるが、すぐさまヒューが返答する。
「会いましょう、1階の待合室へご案内ください。クレイ、リデル、少し失礼しますね」
そういうとオレ達二人を残して、ヒューは階下に降りていった。
最近、ヒューに来客が多い。どうやら、この宿屋に著名な白銀の騎士が滞在しているという噂が広まったらしい。知人と称してアポをとってくるが、大抵はファンの類いだった。それでも律儀に来客に応対しているのはさすがヒューだと思う。
彼曰く、『どんな人にでも、会えば必ず自分に得るところがある』とのことだ。
意地悪く『貴重な時間を損したって思うことないの?』という問いに対しても、そういう場合は『何故、時間を無駄にしたのか』という教訓を得られるそうだ。まぁ、実際にそう思うことなど、ほとんどありませんがと言ってたけど……。
ホント、前向きな思考に頭が下がる。
これが、ヒューの性格でなく、騎士特有の考え方というなら、オレは絶対に騎士にはなれそうにない。
そんな下らないことを考えてヒューを見送っていると、突然クレイが近寄り話しかけてきた。
「なあ、リデル?」
「な、なんだよ……」
クレイの体温を感じて、慌てて距離をとる。
さっきの件から、何となくクレイとの間がしっくりこない。
密室に二人だけでいることに気付いただけで、心臓がバクバクし始める。
「ん? 緊張してるのか、どうかしたのか?」
「な、なんでもない……」
心臓の音が聞こえてしまうんじゃないかと思えて、焦って否定する。
なんなんだ、これは……ずっと雑魚寝してた仲なのに。
「ま、いいか。それより、リデル」
オレの心の葛藤に気付かぬ風で、クレイは続けた。
「お前がルマに来た目的はなんだ?」
「えっ……武闘大会に出るためだろ」
疑問にも感じず即答する。
「他には?」
「……イエナちゃんを助ける……ため?」
オレの返答に、盛大にため息をつく。
あれ、なんか間違ったこと言ったかな。
「忘れてる方が俺としては有難いが、言っておかないと、後で怒りそうなんで言っておくが……大事な目的を忘れてないか?」
「?」
げんなりした顔でクレイは告げる。
「お前、男に戻るのを諦めたのか?」
あ! そうだった、聖石……忘れてた。
「あ、諦めてないさ」
最近、あまりに自然に受け入れてたんで、すっかり忘れてた。
「それは残念だな。俺として、ずっとそのままの方が嬉しいんだが」
「ちょ……、何言ってんの?」
思わず赤くなるのが自分でもわかる。
「冗談だ、一応そちらの情報も集めてはいる。安心しろ」
「あ、ありがと」
「ああ、この話はヒューの前ではなかなか話せないからな」
クレイの気持ちは嬉しかったが、何故か少し寂しい想いもした。
「それと、ダノンの屋敷の見取り図も近々手に入る予定だ。力ずくでイエナを助け出すつもりなら、必要になるからな。あと、時期なんだが手薄になる大会中しかないと思うんだ」
さすが、クレイ……というかソフィアさんって人が凄いのか。
「クレイ、オレは?」
「こっちは俺に任せておけ。お前は、試合を頑張ってくれればいい」
「それはそうだけど……ダノン邸にイエナが捕まっているかどうかわからないんだろ」
「子供用の服や本が持ち込まれている状況から、イエナがあの屋敷に囚われている可能性は高い。だが、チャンスは一度しかないだろう。慎重にやるさ」
不思議とクレイに任せれば安心な気がしてくる。気がかりなのは、あのソフィアと名乗った美人さんのことだけだ。
「あのさ……」
もじもじしながら聞いてみる。
「なんだ?」
クレイは、オレの様子に訝しげな表情だ。
思い切って、聞くしかない!
「オレ、実は見ちゃったんだ、クレイが……」
コンコン。
突然、ノックの音がして、ヒューの声がした。
「すみません、お待たせして!」
ヒューが扉を開けて入ってきたとたん、オレ達は、無意識に間合いをとり沈黙する。
「おや? お邪魔でしたか」
「そ、そんなことないよ!」
オレが慌てて否定すると、クレイも頷く。
「それなら良いのですが……。ところでリデル、今のお客様はですね……」
微妙な雰囲気を察してか、ヒューが今の来客について報告を始める。
けど、オレはクレイに問いただす機会を失って、もやもやとした感情だけが残り、ヒューの話が全く頭に入らなかった。




