寂れた村にて……⑥
◇
そして、その夜である。
オレ達は亡霊が出没するという場所に程近い空き家を村長から提供され、ただいま絶賛監視中(?)だったりする。
現れる亡霊を実際に確認するには、この長い間使われていなかった埃っぽい空き家で一泊するのが一番順当と思われたし、今までの話から屋内にいれば襲われる危険性も少ないそうなので、こうやって室内からの監視する方法が選ばれたのだ。
ちなみに、目的だった温泉と村長宅での接待は成功報酬の一部となったから、オレ達は旅装を解かないまま、こうして寝ずの番をしている。
考えてみれば、傭兵時代は任務の関係で何日も徹夜することはザラにあったが、女性になってからは、そうした機会も無かったので久しぶりの徹夜と言えた。
クレイから、オレとサラの二人は必要になったら起こすから寝ていても良いという指示をもらったが、二人とも断っている。
オレとしては、他の人に番をさせて自分だけ寝ているっていうのは自分の性格上耐えられないし、いざという時オレという戦力を外しておくのは論外と考えたからだ。
一方、サラは純粋に探究心と野次馬根性で、この一大イベントを見逃すわけにはいかないと息巻いていた。
「何にも起こらないねぇ……」
「だから寝ていろと言ったんだ」
オレが眠そうな声でポツリと零すと、クレイは目線を外へ固定したまま、呆れたような口調で答える。
日付が変わってからずいぶん経ち、まるで村全体が深い眠りについているようだ。オレとサラは、つい先ほどまで謎の深夜テンションで大いに盛り上がっていたから、クレイに顰蹙を買っていたが、気がつけばいつの間にかサラは寝落ちしていた。
かく言うオレも、かなり瞼が重くなっており、このまま何も起きなければ目を開けていられる自信がなかった。
「どうしても無理だったら、オレの肩貸してやる」
「うん」
何となく気恥ずかしいけど、ちょっと嬉しい。
「え~とクレイ、ここは私一人で大丈夫ですので、リデルを寝かしつけに行ってもらっても差し支えありませんよ」
果たして、ヒューの申し出はいつもの優しさによるものなのか、それともいちゃいちゃを間近で見るのに閉口したのか、よくわからなかったけど、今のオレにとっては救いの手だった。
なので、奥の部屋のベッドに倒れこんだオレは、それからすぐに夢の中へと旅立つことになった。
次の朝、オレは美味しい匂いで目を覚ました。
寝床から起き上がり、匂いに釣られてダイニングに行くと、ヒューが朝食の準備をしているところだった。
「ヒュー?」
「お早うございます、リデル。朝食の支度ができていますよ。それと、私はキースです。誰かとお間違えになっていますね」
「あ……ごめん」
「いえ、大丈夫です。それより、すぐに食事にしますか、それとも顔を洗いに行かれますか?」
「え、ああ。じゃあ、顔を洗ってくる」
「それなら裏手に井戸がありますよ」
言われて裏口から外へ出て顔を洗って戻ると、食卓にサラが眠たげな顔で座っていた。
「おはよう、サラ。眠そうだね」
「やあ、リデル君、おはよう。どうも、あたしは朝が苦手でね」
うん、確かに見るからにそういう感じはしてたよ。
「それにしても、キース君はすごいね。料理も出来るなんて」
手際よく朝食の支度を済ませるヒューをうっとりした目で見つめている。
「裁縫とか家事全般、得意らしいよ」
「いえいえ、師匠の身の回りの世話をしていた時、必要に迫られて身に付けただけですから。そんなにたいそうなものでもありませんよ」
謙遜しながら、オレとサラの皿にスープをよそうヒューに、サラは威張って言った。
「ちなみに、あたしは家事全般、全滅だ」
たぶん、そうだと思ったけど、威張って言うことじゃないよね。
「リデルはどうなんだ?」
おい、オレを巻き添えにするなよ。
「……と、得意とは言えない……」
「そうだと思ってた」
お前が言うな。
内心、サラに毒づいたが、表面上は「あはは」と受け流す。
「ところでクレイは? それに亡霊はどうなったの?」
食事をしながら、オレは姿の見えないクレイと昨晩の様子をヒューに質問した。
「別の部屋で先ほど寝たところです。私が先に休ませてもらったので、ちょうど交代したところなんです」
「そうなんだ……ってことは?」
「ええ、明け方まで見張っていましたが、亡霊どころか猫の子一匹現れませんでした」
どうやら、徹夜の監視は無駄に終わったらしい。
お昼近くになって、ようやくクレイが起きてくる。
それまでの間に、オレとサラは村中を回って住民達の証言を集めておいた。暇だったし、村の中を観光するついでに話を聞いておこうと思ったのだ。
オレはフードを被って素顔を見せないようにしていたけど、サラはいつもの調子で村人に気安く接し、言葉も巧みだったため、たちまち村人の人気者となった。
まあ、あの性格を知らなければ、かなりの美人で人当たりも良いから、好かれるのは当たり前と言って良いのだけれど。
村人達の方も村の外の人間が物珍しいらしく、オレ達の行く先々で温かく受け入れてくれた。こんな山奥なので、もっと排他的かと思ったら、かなり好意的と言っていい。
特におばさま方などは、ずいぶん強引に恋愛話をぶっ込んでくるほどで、彼女達の当面の関心事は『サラの恋愛相手は誰なのか』らしく、オレにも根掘り葉掘り聞いてくる始末だ。
おかげで、知らなくて良い村内の恋愛模様を小一時間も経たないうちに胸焼けするぐらい聞かされた。
ま、肝心な亡霊話もそれなりに入ったので、全くの無駄ではなかったと思いたいところだ。
「で、どんな話を聞いたんだ?」
起き抜けのクレイが期待するようにオレ達へ質問する。
「あんまり芳しくないよ」
「ああ、村長から聞いた話と、さほど変わらない程度さ」
オレとサラの返答にクレイの表情が渋面になる。
深夜の監視も情報収集も空振りでは、そういう顔にもなるだろう。
「それでも少しぐらいは追加の情報があったから、みんなに知らせておくね」
オレは、クレイ達に村で得た噂話を報告した。
簡単に整理すると次のようになる。
・亡霊が出るのは、月のない暗い夜や霧の深い日が多い
・亡霊は敗残兵の格好をしている
・外壁や戸に剣で切り付けた跡が残っている
・暗闇でよくわからないが、何人もの亡霊が徘徊しているらしい
・一人だけ立派な鎧を着ている亡霊がいて、きっとそれが男爵に違いない
そんなところだ。
「ところで、リデル。ちょっと確認したいんだが、剣による被害が出ているようだが……外にいる家畜は無事だったのか?」
「え、そんな話聞いてないから、被害は無いんじゃないか?」
もし、あれば必ずあの場で話しただろうし。
「ふむ、そうか……」
クレイは、そう呟くと暫し考え込んだ。
今回はちょっと長めですw
忙しい日が続いています。寒暖差のせいか、体調も低空飛行です。
ごめんなさい、来週は水曜更新ができないかもしれません。
……ダイエットは続いています(>_<)
1kg痩せました(誤差の範囲?)




