今のあなたの目標を安心サポート!①
闘技場から出ると、試合が始まったためか外は混雑してなくて、オレは気分良く帰路についた。
赤月亭に戻っても、高揚した気分は治まらず、音痴のオレには珍しく鼻歌交じりで荷物の整理をした。大会が始まると宿舎に引っ越すため、その準備をする必要があったのだ。
興がのり、気がつくと調子外れに唄っていた。 我ながら、自分のひどい唄に落ち込んで、独りごちる。
「う~っ、唄までは、さすがに世界最強ってわけにはいかないか……」
「いや、その下手さ加減は世界最強クラスだな」
突然のツッコミに、一瞬我を失う。
「な……嘘っ……!」
真っ赤になって、言った相手を睨みつける。
そこには、にやにや笑うクレイと、慌てて無関係を装うヒューがいた。
クレイを殴ろうとした拳を慌てて引っ込める。
「ふ、二人とも帰ってきてたんだ」
クレイはともかく、ヒューに見られたのは不覚だ。
前にも言ったが、オレには芸術的素養の一欠けらもない。唄は嫌いじゃないが、人前で唄うのは死ぬほど苦手だ。よりにもよって、こんな場面を目撃されるとは。
「リデル、相変わらずというか何というか、がっかりな歌唱力だな」
「う、うるさい!お前だって、人を馬鹿にするほど上手くないじゃないか」
「オレはいいんだ、可愛い女の子が素晴らしい歌声で場を魅了するってのは、物語の重要なファクターだろ」
「何をわからんことを……。とにかく今、見た・聞いたことはすぐに忘れるように……でないと、もれなくこの拳で強制的に忘却してやる!」
ヒューは大きく頷くが、クレイは黙殺して、そっけない口調で聞いた。
「……それはそうと、気分はどうだ? もう良くなったように見えるけど」
そうだ!オレは体調不良で先に帰ったんだっけ。
「あ、心配してくれてありがと。もう大丈夫だよ」
「そうか、それならいいんだが……」
横でくすくす笑いながら、ヒューが補足する。
「1回戦はまだ終わってないんですが、心配でたまらないらしく、早々戻ってきたんです」
オレが驚いてクレイの顔を見ると、
「別にそんなんじゃない。鑑賞するに値しない試合ばかりだったからだ」
ヒューを睨んで、ぶっきらぼうに言う。
「そうですか? 私はなかなか興味深かったですよ」
ヒューは首をすくめながら、オレに向き直った。
「どうやら、体調は回復したようですね。安心しました」
「お気楽に唄ってるぐらいだから、心配するだけ損さ」
何だと~! クレイの奴、いつまでもぶつぶつ言いやがって。
ラドベルクを見習え……あ、そうだった。
「クレイ、ヒュー! オレ、ラドベルクに会ったんだ」
ラドベルクに会った顛末と彼の身の上について、オレは熱心に語った。
その際、努めて客観的に話すように心がけたつもりだ。でないと、どうしてもラドベルクに対する同情心から、彼よりの話になってしまうように思えた。
長い話を終えると二人とも暫く沈黙した。
それぞれ思うところがあるようで、クレイは腕を組んで渋い顔をし、ヒューは目を閉じて悲しげな顔をしていた。
正反対な表情をする二人をオレは黙って見比べた。女の子の寝泊りする部屋に大の男二人が沈黙する図は、なかなかシュールだ。
やがて、最初に口を開いたのはヒューだった。
「やはり、ラドベルク・ウォルハンは立派な人物らしいですね」
少し考え込むように言った。
だろう? オレもそう思う。
「早く大会で剣を交えたいものです」
ヒュー、やっぱりお前とは気が合うよ。
「そうかな……ただワガママなだけだと思うが」
クレイがぼそっと言う。
何ぃぃぃ!
「それってどういう意味だよ」
むっとしてオレが言うと、クレイはその反応に驚いた顔をする。
「そう目くじらを立てて怒るな。深い意味はない。率直な感想だ」
納得のいかないオレに、クレイは意外な面持ちで続ける。
「いや、傭兵を辞めたのもサラ親子を援助したのも、そしてイエナを引き取ったのも……全て自分の心を満たすだけのワガママのように思えただけさ」
「ク、クレイ!」
真っ赤になって詰め寄るオレに、クレイは頭を掻きながら謝る。
「すまん、言い過ぎた。もちろん、責任感や自己犠牲の精神を否定するつもりはないんだ。ただ、到底俺にはできない真似だと思う」
怒るオレと戸惑うクレイの間に割って入ってヒューが問う。
「でもクレイ、そうは言ってもラドベルクのこと、認めているんでしょ?」
「ああ、奴は凄い男だ。『闘う』ということにかけては、奴は天才だ……戦場で会ったら間違いなく俺は逃げる」
クレイのラドベルクの高い評価を聞いて、オレの怒りは急速にしぼんだ。
何を熱くなっているんだろう……急に自分が恥ずかしくなる。と同時にクレイの考えを理解できないことに気付いた。
最近、そういう時が度々あるような気がする。
どうしてだ? 前はあんなに以心伝心だったのに……。
クレイの考えや気持ちが読めないなんて。
オレが変わったのか? それとも……。
話題がオレの知らない間にラドベルクの強さについての議論になっていた。屈託のない表情でヒューと意見を戦わせているクレイをぼんやり見ていると、誰か知らない人のような錯覚を覚える。
目をこすって、もう一度見るといつものクレイだ。
オレ、どこかおかしいのかな……。




