寂れた村にて……①
「何か思ってたのと違う……」
オレの涙目にサラは大いに焦っていた。
「だ、大丈夫さ。他の宿屋に行ってみよう」
「どこも開いてないみたいだよ」
「はは、今日はきっと休日なんだよ」
サラの気休めの言葉が閑散とした村の中央広場に響いた。
カンディアを旅立ったオレ達一行は一路、アリスリーゼへの道を急いだ。
今までの遅れを取り戻すために、立ち寄った街々では寝床を確保するだけで、観光らしい観光もせず、とにかく旅程を進めることだけを優先して旅を続けた。
そのおかげで、確かに距離は稼げたけれど、その代わりにオレ達の精神的疲弊は限界まで達していた、特に約一名の……。
そんな折に、サラがこの先にあまり知られていないが、かなり良質の温泉が湧く村があった筈だなどと話したものだから、急遽その村へ立ち寄ることが決定したのだ。
えっ、またオレの我がままだろうって?
そ、そんなことは……ないぞ。あくまで、みんなの総意で決めたことだし、経路だって多少の寄り道をするぐらいで、2、3日は遅れても日程に大きな影響は及ぼさないって聞いたし。
まあ、クレイとヒュー、それにサラもオレのお願いを断る気はさらさら無いようなので、オレの一存と言えなくも無いけど……。
けど、女になってから長期に風呂へ入らない生活が耐えられなくなっているのも事実で、温泉は無理でも、せめて暖かいお湯で身体を洗いたかったのも本音だ。
そんな訳でオレ達一行は、この『レマイン村』にいそいそと到着したのだが、何やら様子がおかしかった。山間の村で人口も少なく、湯治客もそう多くないとは予想していたが、それ以上に閑散としていたのだ。
先ほどから、何軒かの宿屋に声を掛けてみているが、一向に返事はない。実際、温泉宿どころか、多くの家々が扉を閉ざしていて、まるで廃村のようにさえ見えた。
これでは、お楽しみの温泉どころか、今夜の宿だって危ぶまれる。
結果、オレの落胆は周りが目を覆うばかりで、しきりにサラがオレを慰めるという現状となっていた。
「おんや、あんた達どうかしただか?」
疲れと絶望で膝をついたオレに、もっさりとした声が掛かる。
死んだ魚のような目をしながら顔を上げ、目深に被ったフード越しに見てみると、いかにも朴訥とした風体のおじさんが心配そうにオレを覗き込んでいた。
「あなたは?」
「おらは、この辺りに住んどる者だども、あんた病気にでもなっただか?」
お、第一村人、発見。
「ありがとうございます。ただの疲れですので、ご心配なさらないでください」
「そうけぇ、ならいいんだども……あんれ、よく見りゃ、あんたドえらい別嬪さんやなぁ」
オレの容姿に気づき、村のおじさんは魂消たような表情をする。
他人から、どう見えるかは最近よく承知しているので、驚いている隙を突いて、すかさずオレはおじさんにお願いをしてみた。
「あの……、この村に来たのは初めてなんで、お聞きしたいことがあるんです」
先ほどからの、オレの可愛い子ぶりっこにクレイが吹き出しそうにしている。
ちっ、クレイの奴め。せっかくオレが恥ずかしいのを我慢して、なけなしの女の子らしさを総動員して情報収集しているって言うのに……後で温泉に入れるようになったら、お前は絶対荷物番だ。
一方、サラはというとオレの一挙手一投足をキラキラした目で追っていて、ちょっと怖い。
「え……と、温泉が入れる宿屋を探しているんですが、ご存知ありませんか?」
オレが儚げな表情で訴えかけると、とたんにおじさんは申し訳なさそうな顔になる。
「なんだ、あんたら温泉さ入りに来ただか。そいつは、ちょっくら残念やな」
「え?」
「こっちさ、下村って呼んどるだが、もう誰も住んじゃおらん。宿屋も当の昔に全部つぶれただ」
「な、何だって……そんな話あるか、勘弁してくれ!」
いきなり、化けの皮が剥がれた。
オレの豹変におじさんは目を白黒させたが、律儀にも追加情報をくれた。
何でもここから先の上流に上村という村があり、その村長宅は温泉を引いているらしい。
俄然やる気を出したオレは、その村に立ち寄るというおじさんに案内を頼むと、上村へと率先して向かった。
上の村に入ると、所用があるとかで、おじさんは村長宅を示すと済まなそうに別れて行った。
容姿に似合わないオレの口調に、ちょっと引き気味だったのかもしれないと、少し反省する。
気を取り直して村の中を見てみると、思っていたより家屋の数もあり、人々が生活している感があった。おそらく、温泉が盛んだった頃の名残だろうか、辺鄙な村にしては集落の規模は大きい。
ただ、空き家も多いようで、住人自体はそう多くないらしいと推測できた。
ちょうど、お昼を過ぎた頃合というのもあり、外に出ている村人も何人かおり、興味深そうにオレ達を注目している。
「少し変だな。あまりに警戒感が薄い」
クレイは訝しげに村人達の様子を窺っている。
うん、確かにおかしい。
温泉宿が栄えていた往時であるならともかく、今のこんな状態の村にいきなり余所者が現れたら、一般的には警戒するのが普通だ。
それどころか、不審人物と疑われて村中が騒然となることだってありえる。それなのに、ここの村人は警戒するどころか歓迎さえしているように見受けられた。
何故だろう? 特別な理由でもあるのだろうか?
そんな風に考えていると、意を決したように一人の男の子がオレ達に近づいて来る。
「ねえ、お兄さん達。どこから来たの?」
男の子の態度に、どこか期待するような気配を感じながら、オレは正直に答える。
「カンディアからだけど……」
「じゃ、じゃあ、傭兵さんなの?」
オレ達の身なりを見て、さらに期待を込めた眼差しでオレ達を見つめる。
「そ、そうだけど……」
違和感を覚えながらも、こちらも嘘ではないので、そう答えると、
「やっぱり!」
男の子は小躍りするように喜色を露にすると村人達に報告する。
「ねえ、みんな聞いて。この人達、やっぱり傭兵さんだって!」
「そりゃ良かった」
「やれやれ、これで枕を高くして寝られる」
「もう安心だ」
それを聞いた村人は、ほっとした表情を見せ、口々に安堵の言葉を洩らした。
……うん、何か厄介ごとの予感がするぞ。
新章です。
短い筈です(切実に思う)
いきなり、厄介ごとの予感が……w
急に朝晩が涼しくなりましたね。
台風も来ているし、皆様もお気をつけください。




