決着……⑤
クレイ、オレの代わりに言い訳してくれて、ありがとう。
けど、皇女に選ばれた時に困らないように皇女候補達は事前教育を受けたわけで、心構えが出来ていない云々は、本当のところ言ってはいけないことだと思う。
まさか自分が選ばれるとは思っていなくて、授業をおざなりに受けていたとは口が裂けても言えない。もっとも真面目に受けていたとしても、半分も頭に入らなかっただろうけど。
「それに、これは俺にも責任があるのだが、今までリデルのことを心配するあまり、先へ先へと手を打ってきた。だから、こいつの考える力を奪ってきたかもしれない。良い意味で世間ずれしていないが、逆に言えば世間の機微に疎いとも言える」
さっきから聞いていると、褒められるより貶されてるような気がしてきたぞ。
「なので、先ほど言った目的を果たす傍ら、帝国臣民の目線に立って物事を考える機会を設けようと、今回の旅を企図した次第なわけだ。また、皇女としての見識を広める意味合いもある」
「確かに今まで平民……ましてや傭兵として暮らしていた者が、急に帝国の中枢を担えと言われても荷が重かろう。今回の件が、皇女としての知識や経験を培うための行啓というなら一定の理解はできる」
す、すごい……クレイの奴、団長を丸め込んだぞ。
「して、リデル様。実際に旅をなさって何を感じられましたか?」
クレイの説得に感心していたら、思わぬ逆襲を食らった。
慌てて、何か言おうとするクレイをオレは目で制し、団長に向き直る。
そう、オレだって帝国の現状をつぶさに見て、感じることは大いにあったのだ。
「……そうだね、カンディアに来るまでに、いろんな人や出来事にあったよ」
オレは自分の思いを告げるべく口を開いた。
最初の街はジュバラク……病気の母親のために頑張るメイエさんが健気で印象深かったな。
ただ、領主が病気で寝込んでいたり、跡継ぎがどうしようもない馬鹿息子だったり、側近が獅子身中の虫だったり、とにかく大変な街だったっけ。
オレ達は傭兵という職業柄、戦場を点々とすることが多くて知らなかったけど、領地に定住している住民にとって、領主の良し悪しがひどく重要なことも学んだ。
「領主は領民の生殺与奪の権利を持っているに等しいからこそ、真摯かつ公平に領地経営をしなくちゃ駄目なんだと思ったよ」
ジュバラクの領民のことを思うと切実に感じる。あの後、あの街は元のように活気のある街に戻ったのだろうか。
次のシトリカでも酷い目にあったっけ。
宿屋に泊まれない状況に困っていたら、まさかの舞台デビューすることになるとは思いもしなかった。
『喝采の嵐』の面々も個性豊かで一緒にいて楽しかったな。
まあ、舞台に立つのは二度と御免だけど。今頃、どうしているのやら。
そういや、東西シトリカは結ぶ橋はずっと壊れたままで、みんな不自由していたのを覚えている。
「内戦のせいで公共整備は、あちこちで後回しになってるよね。防衛のために橋なども、あえて直していないし、みんな不便を感じてると思うな」
内戦が終わって戦費が減れば、その分ほかに予算を回せるだろうし、物流が良くなれば帝国の経済も上向きになるだろう。
そして、カンディア。
伯爵の領地経営に対する信念が聞けて、とても勉強になった。戦争中は兵員の数は重要だけど、終戦となれば、その受け皿が必要となる。
でも、長引いた内戦のせいで、子どもの時から戦うことしか教わらなかった者達が別の仕事を始めるのは、かなり難しいことと言えた。
「伯爵も言ってたけど、せっかく内戦が終わるんだ。傭兵達には、生産的で平和的な仕事を見つけて欲しいと願うよ。そのためにも、官製の教育機関を設立する必要があると思う」
オレが今まで立ち寄った街や出会った人々の感想を雑駁に述べると、団長は相好を崩した。
「リデル様が、そこまで帝国のことを深くお考えになっておられるとは……。クレイ殿の言のとおり、今回の旅は決して無駄ではなかったと言えましょう」
あれ、団長に褒められた……ちょっと一安心かな。
でも、こうやって改めて考えてみると、団長が言うように、今まで見えてなかったことが見えてきた気がする。
帝国は傾いている……ケルヴィンは、そう評していたけど、宮殿にいる時のオレは真剣に考えていなかったように思う。でも、今なら実感を持ってわかる。
帝国の主要道沿いの、比較的帝国の影響力や恩恵を受けている地域で、これなのだ。末端の、帝国の権威が及ばない辺境地域では、どれほど荒廃しているか、想像するに恐ろしい。
内戦は、両公爵の意思で停止しているのではなく、内戦を続けるだけの余裕が無くなったから、やむなく停戦しているのだとも聞く。
このままでは、遠からず帝国は瓦解する。
それが、民衆にとって何をもたらすのか……今より厳しい現実が待っているのか、はたまた新たな希望が生まれるのか。
それは、誰にもわからない……ただ、わかっているのは、その選択の鍵を握っているのが皇帝であることは間違いない。
そして、オレが皇帝になるってことは、それらについて答えを出さなきゃいけないってことだ。
今なら、クレイがオレの「アリスリーゼ」行きの悪巧みに乗ってくれた真の理由がわかった気がする。オレに皇女としての自覚と、今後の帝国に対する覚悟を持ってもらいたかったのだろう。
「大丈夫ですか? リデル様」
オレが自分の考えに捉われていると、団長が声を掛けてくる。
「え……あ、うん。何でもない」
「それなら良いのですが」
先ほどの険のあった雰囲気はすでに見えない。
団長はオレを気遣いながら、ふと気づいたように顔を上げた。
「リデル様。お待たせしましたが、どうやら使者が戻ったようです」
◇◆◇◆◇
結果的にオレ達の目論見は期待通りにならなかった。
帰還した使者が持ち帰ってきたドゴスの証言を得て、オレ達の疑惑は晴れた。すぐさま、グビル団長はその足で待たせていたロスラムの団員の元へ向かった。
その後の話は、オレ達も後から団長から伝え聞いた話なので、本当のところはよくわからない。当事者同士は会わない方が交渉ごとは上手く進むからと団長に言われて立ち会わなかったからだ。
伝聞によると次のような展開になったらしい。
団長はまず、オレ達アルサノーク傭兵団の言い分(ドゴスを拉致していない等)を伝えた。当然のごとく、ロスラム側の代表者は激昂し、その挙句下品な言葉を連呼しオレ達を罵ったという。
グビル団長は不快な感情を少しも見せず、『ドゴスの証言が得られれば』と素知らぬ顔で呟いた。
それに食いついたロスラム側は『桃色の口付け亭』への立ち入り調査を強硬に主張する。
そこを捜せば、必ずやオレ達の嘘が暴かれるだろうと。
ドゴスの遺体がそこにあると確信しての発言だったのだろうが、結局それが仇となった。団長は始めから仕込んでいた伝令を部屋に呼び込み、自分に耳打ちさせた。
今わかった風を装い、『ドゴスが生きていて証言を得られた。疑うなら会うこともできる』と話すと、ロスラム側は顔色を無くした。
そして、ロスラムが訴えを取り下げるなら、今回の件は不問に付し、大会を続行する旨を伝えた。ロスラム側はすぐに戻ってロスラム団長と諮って結論を出すとの返答だった。
グビル団長からその話を聞いて、オレ達は、すべて思惑通り進んで楽観的になっていたと言っていい。
けれど、最後の最後で思わぬどんでん返しにあってしまう。
ロスラムが出場を辞退したのだ。
すみません。諸事情で水曜日の更新をお休みするかもしれません。
連日の猛暑や豪雨など、異常気象が続いています。
私も夏バテ気味で、体調不良です。
皆様もお体ご自愛くださいね。




