暗転……⑤
「『白銀の騎士』……?」
ネフィリカが訝しげな表情を一瞬するが、すぐに慌てた様子で伯爵に説明し始める。
「すみません、伯爵様。彼は……彼はリデルさんの友人で、白銀の騎士を演ずる舞台役者さんなのです。決して、伯爵様を騙そうとしていた訳ではありません」
必死になってヒューを弁護するネフィリカに、伯爵は不思議そうな顔をする。
「グビル、アルサノークの団長は何を言っているのだ?」
「さあ、私にもよくわかりませんが」
二人が自分の言ったことを理解していないのに気付き、ネフィリカは誤解を解こうと、さらに声を張り上げる。
「伯爵様、グビル団長。彼に悪気はないのです。日頃から役になりきるように振舞っているだけで、他意など持っていません。それは、アルサノーク傭兵団が保証します……」
ネフィリカの熱弁に、困った顔をしたヒューが発言の許可を得ようと手を挙げる。
「ルーウィック殿、発言を許可しよう。我々に分かるように説明してくれたまえ」
当惑していた伯爵もすぐにヒューの発言を認める。
「伯爵様、発言の許可をいただきありがとうございます。あの……ネフィリカさん、本当に申し訳ありませんでした」
ヒューはネフィリカに頭を下げると、心苦しそうに正体を明かした。
「私が正真正銘、ヒュー・ルーウィックなのです」
「……ヒュー・ルーウィック様?」
「はい」
「……じゃ、本物の『白銀の騎士』様?」
「ええ、そうなります」
「ええ――――――――――っ!」
伯爵の前だというのに、ネフィリカは素っ頓狂な悲鳴を上げた。
慌てふためくネフィリカを見て、グビルは不思議そうに尋ねる。
「ネフィリカ団長、まさか彼の素性を知らずに団員にしたのかね」
「ぜ、全然知りませんでした……装備や印象から只者ではないとは思っていましたが、そんな有名人だなんて……」
ネフィリカの動揺を目にして、グビルは若干、非難の目付きでオレ達を見る。
「何も言っていないとは気持ちはわかりますが、ちょっと人が悪いですな」
グビルの言葉には『貴女も同じですからね』という存外の意味が込められている。
確かに、ヒューの正体でこの取り乱しようなら、オレの正体がバレたら、たぶん卒倒するに違いない。
オレは目線で『ごめん、内緒にして』と合図を送ると、グビルは『了解です』と応じてくれたけど、目元が笑っている。
「ネフィリカさん、驚かせてすみません。リデルと一緒にいる時は偽名を使ってきたので、本名を名乗ることができませんでした。結果的に貴女を騙すことになってしまい、反省しています」
「いや、ヒューは悪くないんだ。オレが騒ぎになるから偽名を使うようにお願いしたの原因なんだから。オレの方こそ、ごめん」
ヒューとオレから謝られて、ネフィリカは逆に恐縮して、しどろもどろになる。
「い、いえ、大丈夫です。ど、どうか気になさらないでください。少し驚いただけですから。……でも、お二人は、いったいどういう御関係なんですか?」
クレイを含めて、オレ達の関係に疑問を持ったようだ。何しろ、お願いしただけで騎士様が偽名を名乗ってくれるだなんて、普通はありえないことだからだ。
「ルマの武闘大会が縁で知り合いになったのです。それ以来、私にとってリデルは……」
「親しい友達なんだ」
オレはヒューの台詞に割り込んで言った。
なんだか、余計なことを言って、さらにややこしくなりそうな予感がして、オレは先手を打ったのだ。
「ルマの武闘大会?」
「おや、それも知らなかったのかい? そこにいるリデルはルマの武闘大会無差別級準優勝の実力なのだよ」
「正確には失格しておるがな」
グビルが呆れたように話すと、伯爵はすぐに訂正を加える。
「無差別級準優勝者……道理で強いわけですね……」
ネフィリカは合点がいったのか、オレの顔をまじまじと見つめ、ため息をついた。
「ごめん、隠すつもりはなかったんだけど、ルマでもいろいろあってね。ちょっと言いたくなかったんだ」
オレが頭をかきながら謝罪するとネフィリカは頷いて許してくれたが、不意にはっとした表情になる。
「そ、それじゃクレイさんとソフィアさんも、もしかして有名人?」
「いや、俺達は一般人だよ。なあ、ソフィア」
「はい、クレイ様の言うとおりです」
二人とも全然、一般人じゃないから……それに、一般人は普通、『様』付けされないと思うぞ。
「……お二人が一般人なら、一般人の定義が無茶苦茶になってしまいますよ」
案の定、ネフィリカは疑いの目を見せる。
「リデルやヒューと一緒にされるのは心外なんだが……」
こほん。脱線しかけるオレ達に対し伯爵が一つ咳払いをする。
「ふむ、話がずいぶん横道にそれたが、そろそろ本来の話に戻そうではないか」
って言うか、話を振ったのは確か伯爵だと思ったのだけど。
伯爵はヒューやネフィリカが恐縮するのを見て、おもむろに話を続けた。
「ドゴスの証言を得て、ロスラムの非が明らかになった場合、ネフィリカ団長はどうしたいのだ。逆にロスラムを訴えるかね?」
「もし、そうなったら大会はどうなりますか?」
「そうだな、事の真偽がわかるまで延期、もしくは中止も視野に入れて判断せねばならんだろう」
伯爵の返答にネフィリカは息を呑み、そしてはっきりとした口調で答える。
「それでは……もしお許し願えるなら、今回の両者の件、不問としてはいただけませんか」
「あれだけのことをされたというのにか?」
「はい。思うところはありますが、大会は続けたいです」
「ふむ……」
伯爵は腕を組んで唸ると、そのまま考え込む。
「伯爵様、お気持ちはわかりますが、大会運営としては、できれば大会続行をお願いしたいと思います」
グビル団長が真剣な顔付きで伯爵に懇願する。
伯爵の性格からして、白黒はっきり付けたいところだが、武闘大会が失敗に終わるのも困るというのも本音だろう。
「……とにかく、まずは神殿に向かった使者が帰るのを待つとしよう。それまでは一旦、保留とする」
伯爵の一言で、結論はドゴスの証言待ちとなった。
やはり、週二更新は厳しいですね。
もう少ししたら、また週一に戻すかも知れません。ごめんなさいです。
週末、遠方の友人と久しぶりに会うことになっていたのですが、相手が体調不良で急遽中止となりました。残念でなりません。
お互い忙しい身なので、なかなか休みが合わないのです。
次に会えるのはいつかなぁ。