深夜の凱旋……④
「そんな……何故貴方がそんな酷いことを……」
「ガイウス! お前のこと見損なったぞ!」
ネフィリカは信じられないという表情で、ユールは怪我をしているのを忘れるほど激昂していた。
「君達がいけないんだ。二人で密かに通じ合って、僕を除け者にした。そんなの絶対に許せない」
「な、何を言っているの?」
「僕は、ずっと君の傍にいたんだ。アルサノークが分裂した時だって、ずっと君だけのために頑張ってきた。何で大人しく僕のものになってくれなかったのさ。そうすれば、こんなことにはならなかったのに……酷いのは君の方だ、ネフィリカ」
なるほど。一途に好きだったネフィリカをユールにとられて逆恨みしたって訳か。
気持ちはわからないでもないが、なんとも情けない話だ。
「でも、僕もまったく無慈悲なわけではないさ。条件次第で明日の試合に出てやってもいい」
戸惑うネフィリカ達を見て、ドヤ顔の上から目線で調子の良い台詞をぬけぬけとガイウスは言い放った。
けど、ネフィリカもユールも彼の言葉に、もはや何の反応も示さない。
呆れ果てて言葉が出ないようだ。
それを見やったガイウスは反応がないことが理解できないのか怪訝そうにしていたが、不意にオレの方へ顔を向ける。
何だよ、急に。
オレは、他人の三角関係に絡むつもりは毛頭ないっての。
「で、さっき言った条件なんだが、実に簡単なことなんだ」
好色そうな締まらない顔付きで、オレをじろじろ見る。
「ネフィリカのことは、もうどうでもいい。リデル、君がたった一晩、僕の相手をしてくれるだけで、喜んで試合に出てやるよ。なあに、美人と言っても身持ちの悪い傭兵だし、そのくらいたいしたことでもないだろう?」
その瞬間、オレが激怒するより前に、二つの強烈な殺気が部屋中に充満する。
いかん、ガイウス。お前は怒らせてはいけない方々の逆鱗に触れたようだぞ。
「ひっ……」
濃密な殺気を一身に受け、ガイウスは情けない声を上げて腰から尻餅を付いた。
訳のわからない恐怖に怯え、顔面蒼白だ。
「クレイ、ヒュー、ちょっと待て。落ち着けって……」
殺気を纏ったまま、無言でガイウスに近づこうする二人を必死に押しとどめる。
「俺は落ち着いている。冷静だ」
「私も同様です。ちなみに私の名前はキースです。役名で呼ばないでください」
「ご、ごめん」
だって、ちっとも冷静に見えないんだもん。
「ただ、リデル。この卑劣な裏切り野郎には少しばかり、人生のお勉強が必要みたいだ」
「奇遇ですね、私も同意見です」
ふ、二人とも指を鳴らしながらお勉強って……こ、怖いんですけど。
「ち、近づくな! 僕に暴力を振るったら、絶対に試合に出てやらないぞ」
ガイウスは後ずさりしながら、必死になって警告を続ける。
相変わらず姑息な奴だけど、確かに痛いところだ。
「別に出てもらわなくても結構です」
突然、凛とした声が部屋の中に響いた。
驚いて目を向けると、ネフィリカが軽蔑した目付きでガイウスを睨んでいた。
「な、何を言い出すんだネフィリカ。僕がいなきゃ困るだろう?」
「今、言ったとおりです。貴方に出てもらう必要はありません。いえ、出てもらいたくありません」
「え……?」
ネフィリカの申し出にガイウスは恐怖を忘れて呆気にとられている。
「ネフィリカ、大会を諦めるの?」
心配になってオレが声をかけると、にっこり笑って答える。
「もちろん、諦めません」
ネフィリカさん、言っている意味がよくわからないよ?
「どういうこと?」
「簡単なことです、リデルさん」
ネフィリカは少し恥ずかしそうにしながら答えた。
「実は、アルサノーク傭兵団として登録している人数は5人ではなく6人だったんです」
「え、あと一人は?」
「ユールです。出場できないのはわかっていましたが、彼も団員の一人です。だから名前だけでも思って登録しておいたんです」
なるほど、好いた男を登録から外すことに抵抗があったんだろう。
可愛い乙女心だ。ああ、それで顔を赤くしてるのか。
まあ、実際のところ名前だけ登録しても、他に問題が発生しないのも事実だったしね。
それが、ここに来て怪我の功名となるとは……。
恋するが故の奇跡だね。
「ユール……無理は承知でお願いします。試合に出てくれますか?」
「もちろんです。ぜひ出させてください」
絡み合う二人の視線に熱いものを感じる。
う~何か、こっちの方が気恥ずかしくなってしまう。
「そ、そんな……」
その様子にがっくりとうなだれるガイウス。
自業自得だけど、哀れな末路だ。
「それじゃあ、気兼ねなくこいつに身持ちの悪い傭兵の流儀を教えてやれるって訳だな」
「大いに語り合いたいものですね」
「ひっ!」
盛り上がっているネフィリカ達を尻目に、クレイとヒューはガイウスの肩をがっしりと掴む。
「リデル、ちょいとばかりこいつを隣の俺達の部屋に連れてくぞ」
「お手柔らかにね」
「た、助けてくれ……」
ずるずると引かれていく姿が、売られていく子牛のようで悲壮感が漂う。
まあ、二人のことだ。必要以上に手荒なことはしないだろう。
大方、ロスラムとの関係や今までの経緯を聞き出してくれるに違いない。
「げに恐ろしきは男の嫉妬と言ったところかな」
扉が閉まるのを目で追って、サラはしみじみと呟いた。
男の嫉妬で苦労したことでもあるのだろうか? サラさんぐらいの美女なら、当然かもしれないけど。
「さてとリデル。この後はどうするかね?」
「そうですね。ガイウスのことはクレイ達に任せるとして、当面することがないなら、明日……いや、今日に備えて、そろそろ休んだ方がいいと思う」
「はい、リデルさんの言うとおりだと思います。後は今日の正午までに継戦の意思と参加人員を報告すれば良いのですから」
ネフィリカは気軽な調子で言ったが、オレは内心そう簡単に済まないだろうと思っていた。
何故なら、オレ達を取り逃がしたロスラムが次に手を打ってくるとしたら、そこが最後の機会となるからだ。
恐らく、オレ達の実力を正確に把握しているとしたら、試合で勝てるとは思っていないだろう。
だからこそ、ユールを人質に取るという暴挙に出た訳で、まともに戦えば必ず負けると考えているはずだ。
そして、試合によらないで勝つ方法と言えば、正午までの手続きをさせないことが、もっとも可能性が高い。
どういう手段を取って来るかわからないが、そこが山場になるとオレは踏んでいた。
けど、今はいろいろ考えても仕方が無いので、早く睡眠を取ることに専念しよう。
そう考えて、オレはドゴスへと振り返った。
この部屋は四人部屋で、オレ・サラ・ソフィア・ネフィリカの女性陣が使うことになっていたから、ドゴスとユールにはそろそろ退出を願おうと思ったのだ。
「ドゴス、ユール、悪いけどそろそろ…………ドゴス?」
そのことを告げようとして、オレは自らの考えが早計だったことを悟った。
前回、アクセス数を気にせず頑張りますと言ったら、そのあといつもより大幅にアクセス数が増えていました。ありがとうございました。
ただ、何で突然増えたのか謎です。ユニーク数はいつもと変わらないのに?
とにかく、嬉しかったのは事実なので、これからもますます頑張ります!