深夜の凱旋……①
オレ達がようやく『桃色の口付け亭』に到着すると、一階の酒場から灯りが外に漏れていた。
こんな時間に酒場が開いているとは思わなかったので、てっきりオレ達のために営業してくれているのだと勘違いしているとクレイが苦笑しながら説明してくれる。
「酒場の主人が無類のカード好きでね。常連と一緒に朝まで博打に高じることが、よくあるんだ。だから、わざわざ俺達のために店を開けていてくれた訳じゃないから、気にするな」
クレイ絡みの店だから、奴のために配慮してくれた可能性は否めないけど、そう言ってくれると申し訳ない気持ちも少しは緩和される。
それにしても、まさかの通常営業とは俄かに信じがたい話だけど、人の動きが合った方が逆に襲撃に対する抑止力となった可能性もある。
まあ、オレ達も寝ている人を起こさないように物音を立てずに宿屋へ入らなくて良くなって助かったけども……。
「でも、普通に寝ているお客さんにとっては安眠妨害ですよね? それって宿屋として、どうなんでしょう」
ソフィアが、いたって常識的な疑問を投げかけるが、今まで泊まっていて気にならなかったのだから、それほどの大騒ぎはしていないのかもしれない。
オレがそんな風に考えながら、『桃色の口付け亭』に入ってみると宿屋の受付は無人だった。でも奥にある酒場の方から、笑い声や話し声が聞こえてきて、それなりに盛り上がっているようだ。
本当なら、すぐにオレ達が寝泊りしている部屋がある二階に上がるつもりだったのだけど、クレイが店の者に用があると言うので、それならばと全員で酒場に向かうことにした。
酒場の方へ進んでみると、何組かの常連さん達が酒と肴を食しながらカード賭博に興じているのが見えた。ただ、それとは別に普通に酒や食事をしているお客もいて、こんな時間にも関わらず思った以上に盛況のようだ。
オレ達が酒場に足を踏み入れると一斉に視線が集中する。とりわけ目立った反応を示した人物は急に立ち上がると、駆け寄るようにオレ達へ近づいて来る。
「リ、リデルさん! よく無事に逃げて来られましたね」
驚きの表情を見せているのは、アルサノーク傭兵団のガイウスだった。
「ただいまガイウス、どうしてここにいるんだ? 他のみんなはどうしてるの」
「ネフィリカ達はあなたの部屋で休んでいるよ。僕は不審な人物が来ないかどうか、こうやって一階で見張りをしていたんだ」
目的ははそうなのだろうが、ほんの少し顔が赤いので、ちゃっかりお酒を楽しんでいたのだろう。
「じゃあ、ここにはロスラムの連中はやって来なかったんだな」
「……ああ、この宿屋って変な名前だけど、なかなか曰くのある店らしいんだ。彼らも迂闊に手が出せないみたいだよ」
まあ、クレイ絡みの店ってことは、『流浪の民』の一族が関わっているはずだから、傭兵稼業としては極力、喧嘩したくない相手だろう。
ここを襲撃するには、奴らとしてもそれ相応の覚悟が必要だから、ひとまず安全と言って良いに違いない。
「リデルさん、それよりユールも助け出せたんだね。全くたいしたんもんだ、あなたは……ユール、怪我は大丈夫かい?」
「ありがとう、ガイウス。いろいろ迷惑かけて済まなかった。リデルさん達のおかげで何とか助かったよ」
「それについては、ドゴスの協力が大きかったと言えるんだ。そうでなければ、居場所さえわからなかっただろうから」
「いやいや、私はたいしたことはしてないよ」
オレの後ろで所在無げにしているドゴスの功績を称えると、彼は恐縮した表情で謙遜する。
相変わらず、自分に対する評価が低すぎる男だ。
けど、このオレがドゴスのことをそんな風に考える日が来るとは、夢にも思わなかった。
ちょっと感慨に耽っているとクレイが話しかけてくる。
「リデル、待たせたな。もう、用事の方は大丈夫だ」
オレとガイウスが話している間に、クレイは酒場の主人と話を終えたらしく、二階に上がることを了承してくる。
「わかった。とりあえず、オレの部屋に集合しよう。ソフィア、先に行ってネフィリカ達の様子を見てきてくれ。ガイウス、すまないが、食事の片付けが済んだら、一緒に来てくれ。みんなに報告と確認したいことがあるんだ」
◇◆◇◆◇
オレが片づけを済ませたガイウスを伴って、二階のオレの部屋に上がると、すでに皆が集まっていた。
ソフィアが先に知らせてくれたおかげで、部屋の中にはネフィリカとヒュー、そしてサラが待っていてくれた。そこに、オレを含めた五人が合流する。
さすがに部屋が手狭なため、ソフィアと、サラの護衛のワークは廊下で見張りをしながら待機となった。
「リデルさん、お帰りなさい。ご無事で何よりでした」
ネフィリカが立ち上がって目を潤ませる。
「それにユールも助け出してくださったのですね」
ガイウスの肩を借りて入ってきたユールを見て、喜びと安堵の表情を浮かべる。
「まあ、何とかね。すべてドゴスの協力があったからだよ」
そう言って、後ろに控えていたドゴスを前に押し出すと、ネフィリカは目を丸くした。
「ベンゼルさん! どうして、ここに? 確かリデルさんはお話しを聞きに行っただけだったんじゃ……」
「そのつもりだったんだけど、本人の強い意志でね。救出にも協力してもらったんだ」
「まあ、そんな……何とお礼を言ってよいか」
「ネフィリカ、気にしないでくれ。ただ単に、私が好きでやったことだから」
「でも、そのせいでカンディアから逃げ出す羽目になっちまったんだから、お人好しにも程があると思うぞ」
「それ、どういう意味ですか?」
オレの発言にネフィリカが目の色を変える。
まあ、自分達のせいでドゴスが職を追われたと知ったら、ショックを受けるだろうが嘘を言うわけにもいかない。
オレは『桃色の口付け亭』から出た後の経緯を簡単に説明した。
よく『別なところで読んでました』とか『まだ続いていたんですね』との感想をいただくことがあります。
それは、本当に嬉しいことなのですが、この作品もずいぶん長いこと書いているなぁと、つくづく思ったりもします。
ところで、最近のお話はどうなんでしょう?
友人も第一部が一番面白かったと言うし、アクセス数も低調だし、読んでくださる方が本当に面白いと思ってくださっているのだろうか……正直、不安です。
……いかん、いかんマイナス思考に陥っている!
気を取り直して……暑い日が続きますので、皆様も熱中症などにお気をつけくださいね。
私はすでに夏バテ(もう?)気味ですが、なんとか頑張っています。
これからも、どうかよろしくお願いします。




