告白……③
「ユール君がどうかしたのかね。確か、療養中の身と聞いていたが……」
オレの質問に対するドゴスの反応には、何かを隠しているような素振りは見えなかった。
「知らないのか? ユールは何者かに連れ去られたんだ」
「な、何だって!」
とたんにドゴスの表情が険しくなる。
「それは、どういうことなんだね」
「どうもこうもない、オレ達が武闘大会に出るのを止めさせたい誰かがユールを攫って人質にしたのさ。で、オレ達はそれがロスラム傭兵団の仕業だと思ってる」
オレの発言にドゴスの顔がみるみる青くなった。
「まさか……そんなことを。いや、ありえない話じゃない……」
気が動転した様子のドゴスに、オレは半信半疑で尋ねる。
「もしかして、何も知らされていないのか?」
「…………」
沈黙が何よりの答だ。
「あんた、副団長なんだろ。何で情報が入らないんだ」
「私がアルサノーク寄りだと諫言する者がいたようで、ロスラム団長から釘を刺されたばかりなんだ。おそらく今回の件は私の知らない間に計画されたものなのだろう」
どうやら、肝心のユールの件は空振りのようだ。
オレが落胆しているとクレイがドゴスに再考を求める。
「そうだとしても、どこか監禁されている場所に心当たりはないか? 些細なことでもいい。何か気が付くことがあったら教えて欲しい」
「うむ、一番可能性の高いのは傭兵団の事務所だが、あそこは人の目があり過ぎるからな。秘密裡にことを運ぶのは難しいだろう……待てよ」
ドゴスは急に思い出したように目を見開いた。
ぎょろ目がちょっと怖いんですけど。
「あそこなら……人目につきにくいし、多少騒いでも周りに影響がない。うん、まさにそういう用途にはうってつけの場所だ」
一人納得しているので、オレはドゴスに話の先を促す。
「ドゴス、それはいったいどこなんだ?」
「ロスラムが親しい女性を住まわせている別荘が街の外れにあるんだ」
親しい女性……いわゆる情婦というやつだろうか?
「ありがとう、助かったよ。ついては、その場所を教えてもらえないだろうか」
クレイが礼を述べながら頼みごとをするとドゴスは言った。
「もちろんだとも……ただし、そこへは私が案内しよう」
突然のドゴスの申し出にオレ達は面食らった。
「さすがにそれはまずいだろ」
「そうだよ、バレたらあんたの立場がなくなっちまう。オレ達もそこまではしてもらおうとは思ってないよ」
口々に思いとどまるように説得したが、ドゴスの意志は変わらなかった。
「いやいや、遠慮はご無用。君達の役に立てるのは幸いなことであるし、自分の団の不正を正すのも副団長の責務と言えるだろう」
気持ちは嬉しいが、こちらとしては夜陰に乗じてユールを奪還しよう思っていたので、ドゴスの協力は逆効果になるように思えた。
けれど、ドゴスはどんどん先に立って歩き始める。
「あの……ドゴス……さん?」
「ああ、今から馬車を出すのは、さすがに御者や馬丁に気の毒であるから、徒歩で参るとしよう。なあに、歩くと言ってもそれほどの距離ではないさ」
オレの醸し出す『かえって迷惑です』オーラを気にも留めずにドゴスは、張り切って先導する。
クレイとオレは互いに顔を見合わせ、諦めたように頷くとドゴスの後を追った。
◇
「今夜は月夜のおかげで、夜道が明るくて良かった」
先を歩くドゴスは、空を見上げて感慨深げに言った。
「そう言えば、いつ頃かは忘れてしまったが、こんな月の夜にリデル君のお父上と二人だけで歩いたことがあってね」
え、親父とドゴスが仲良くしている姿なんて記憶がないけど。
「団の急な用事で夜出ることになったのだが、護衛を頼める人間が捕まらなくてね。彼に無理やり護衛を頼んだのだ。他に誰もいなくて仕方ない選択だった」
まあ、そうだろうね。本気の親父はめちゃ強かったけど、通常は知的労働者っぽい立ち位置だったし、真の実力はひた隠しにしていたから。
「わずかな時間だったが、話をしてみて彼が只者ではないことは、すぐにわかった」
ドゴスはオレに意味深な笑みを見せた。
「どういう意味だ?」
静かな夜道なので、できれば声を出したくなかったけど、つい気になって聞き返す。
「無学な傭兵を装うには、君のお父上は教養があり過ぎた。何気なく話した話題に卒なく対応できるのは頭の良い証拠だね。試しに、会話の途中で政治的な問題をさりげなく潜ませても、自然体で受け答えしていたよ」
親父……もうちょっと相手を見て、行動してくれ。バレバレじゃないか。
「それにその後、彼が子ども達を教える様子を見たが、とても傭兵のそれではなかったね。確実に正式な学問を学んだ人間のように思えた」
むむ、けっこう鋭い。
「まあ、傭兵団の面々は過去にいろいろと面倒を起こした輩が多いので、彼についても詮索するつもりはなかったがね」
「無駄話はそれぐらいにしたらどうだ」
昔話に花が咲いたドゴスにクレイが苦言を呈する。
「おや、懐かしくて、つい話し過ぎたようだ。すまなかった、許してくれたまえ」
そう言うと、それからはずっと黙って歩いてくれた。
やがて、街外れのそこそこ立派な屋敷の前に辿り着く。
どうやら、そこが目的のロスラムの別宅らしい。
「ここがロスラムの……えっ、なんだ君は?」
目的地に到着するやいなや、オレ達の元へ影のようにソフィアが忍び寄ってきた。
「リデル様、クレイ様。しばし、お待ちを。私が探ってまいります」
ソフィアは一言、そう述べるとかき消すように姿が見えなくなる。
「驚いた……何なんだね、あの娘は。本当に君達には驚かされてばかりだよ」
そう言いながらも、律儀にソフィアが戻ってくるまで黙って待っていてくれるようだ。
こういう場面はソフィアさんの独壇場ですね。
彼女もいいけど、毒舌シンシアさんが懐かしくなってきました。
早く再登場しないかなあ。




